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2007年3月 4日 (日)

怒られるということ


人から怒られ場合は理由が2つある。

一つ目は前世において相手を怒ったり、非難していたのでそれが返って(帰って)来ている場合。

これは自分に落ち度がなくても相手の人がなんとなく腹が立つとか怒らないと気がすまない。というケースだ。

理不尽であると思っても相手の気がある程度すまないと解決しない。

早く解決したければ相手の天命を祈って過去の業(ごう)を消すしかない。

二つ目は叱られ役というか、器(度量)が大きな人なので自分のストレス、うっぷんを消してくれる人にぶつけようとして起こる。

幼児が母親にだだをこねるのも母の愛が自分を受けとめてくれるのをわかっているからだ。


だから、「あーこの人は私にストレスを消してもらおうとして怒っているのだなあ」

「しょうがないなあ」と受け入れるしかない。

どちらも損な役割だが、平静に事態を受け入れられた時、あなたはエネルギーにおいて素晴らしい働きをしている。

大きな徳を積んだことになる。

この2つ以外で怒られるのは、自身の怠慢であったりするので謙虚になって、一生懸命に取り組むことで解決出来るだろう。











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