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2007年1月31日 (水)

テレパシー


今日、電車に乗っていて改めて気づいたことは、携帯メールをしている人が多いなあ・・・だった。
若い人は一人だったら9割の人がしている。
もう見慣れて異様には感じなくなったが、打っている様子は余裕がないように写る。
なにか時間に追われているような。

使っていない年配の人は静かに本を読んでいる。

宇宙人は、意思の伝達を言葉でも、文字でもなく、テレパシーでおこなう。
テレパシーは心と心の通じ合いで、一瞬で、相手の人の想っていることがわかる。
そして、遠く離れていてもわかり合える。

人も昔は五感(見る、聞く、かぐ、味わう、触れる)に頼っていない時は、テレパシーに近い感覚(直感、第六感)を持っていたが、頼るようになってからは鈍ってきた。

宇宙人はなんでそんなものがいるのだろう?と不思議に思っているに違いない。






フィンガーチョコレート


最近、少し太り気味なので甘い物や間食を控えようと思っている。

ただ、疲れたときにはちょっと甘い物が欲しくなる。

コーヒーやチョコレートは美味しいけど糖分が気になる。

この間、99ショップで買い物に付き合っていたら、昔なつかしいフィンガーチョコレートを売っていた。
メーカーはカバヤで入り数は30本位、多すぎずちょうどいい。

チョコとビスケットのハーモニーが絶妙だ。

9割はビスケットなので糖分も気にならない。

今もつまみながらキーボードを打っている。

お菓子は毎年何千種類も発売されると聞いたことがある。

でも生き残るのは、くせのないオーソドックスな昔からあるお菓子だ。

例えば、カール、かっぱえびっせん、ポテトチップス・・・それも普通の味付けが最後には残る。

テレビも昔からいつも出ている人はこれといって特徴やくせもなく、観ていて安心できる人が多い。

お菓子も人も一緒だなあなんて、変なところに共通点を見つけた。


ちなみに、三幸製菓の 粒えびおかき もお勧めです。

2007年1月30日 (火)

今日は風邪気味かな?


珍しく、のどが痛くなって、熱っぽい。
風邪の前触れかもしれない。

ここ何年か身体が丈夫になって、風邪薬も飲んだことはなかった。
栄養を補う意味で、毎日サプリメントを飲んでいる。
今日は、用心していつもの倍のんでみた。

風邪の時にはビタミンを摂るといいと云われている。
今の野菜や果物は栄養価が落ちていると云われるが、やはり食べ物から摂ることも大切だ。
お正月にいただいたみかんがまだ残っている。

みかんを食べて炬燵に入っているとつかの間の幸せを感じる。


風邪の時はみかんだけのビタミンでは未完成(みかんせい)、なんちゃって

人の年齢


妻とテレビを見ていてよく話すことは人の年齢についてだ。
えーこの人お父さんと一緒の年、老けて見えるねとか溌剌として若く見えるとか、人によって様々だ。

私は今48歳だが、10歳若く見えれば30歳代になり、ふけて見えれば60歳ちかくに見えて、その差はなんと30年になる。

人はその人の外見を見ているようだが、実はエネルギーを感じ取っている。
そのエネルギーが生き生きとしていれば輝いて若く観える。
化粧でごまかしたり、皺を隠してもエネルギーはうそをつかない。

人間はストレスがなくて、素直に、楽天的に生きていれば300歳でも500歳でも生きれるそうだ。

天に向かって真っ直ぐに伸びている樹齢何千年の木を見ているとそのことがわかる。

宇宙と波長を合わせて一体になると無限のエネルギーを受け取ることができる。

永遠の生命とつながると老化や死はなくなる。

地球という星


地球は太陽系のなかのごく小さな星で、他にも無数の星があって、もちろん太陽よりも大きい星がいくらでもある。

人は地球にだけ人類が住んでいて、他の星には誰も住んでいないと思っているが、とんでもない間違いである。

アメリカのハーバード大学ではUFOの研究をしていて、その(宇宙人の)存在を疑う人はいない。

私の子どもの頃にマグマ大使という番組をやっていて、ゴアという宇宙人が色んな怪獣を使って地球を襲ってきたが、実際の宇宙人はみんな友好的で地球の進化を望んでいる。


というのは、地球はこれから生まれ変わろうとしている。
幼い星からすこし大人の星になろうとしている。
宇宙が絶えず進化し続けているように地球も過渡期にきている。

ただその過渡期にはすごい変化を伴なうので人の意識がついていけない。
変化とは波動の変化で急に意識が変わったりとか見えないものが観えてきたりとか・・・
今までとは違う変化が現れる。

そこで宇宙人が変化についていけるようにいつも見守ってくれている。
地球人が出来るだけスムーズに移行できるように手伝ってくれている。

地球という星だけにこだわっているとそんな話は信じられないけど夜になって無数の星を見ているとそれが本当のように思えてくる。

自分のことや、物質的なことばかりにこだわっていると感性が鈍くなる。

地球という星を一度違う星から客観的に観てみるのも面白いかもしれない。

 
フォトンベルトの謎 渡辺 延朗 三五館

やりがいのある仕事


昨日、お医者さん相手に検査の機械を売っている人と話をした。

その人は、その機械を使って病気を判明させることが出来る。

だが判明させて患者さんに病名を告げるツールでしかない。

「この機械を売っていてなんになるのだろう?」 と時々むなしくなると言っていた。

私が 「どんな機械だったら売りたいですか?」 と尋ねると

自分の夢は癌が消える、病気が治る機械を売りたい。と楽しそうに話をしてくれた。

人はみんな勝手なことばかり、自分のことばかり考えているのではない。

自分が人の役にたって、喜ばれることを望んでいる。

人は必ず、ピュアで美しい心を持っている。

そんな人と出会えたら幸せな気分になる。

やっぱり自分は人が好きなんだなあーと思った。

源氏物語


今から確か5、6年前に、吉永小百合主演の映画、源氏物語を観に行ったことがある。
吉永小百合が作者の紫式部役だった。

物語の内容は光源氏が類まれな美貌で、若い娘から人妻、後家さんまでを虜にさせ、好き放題、暴れまわるというものだった。
そして、ついに自分の義母とも関係をもってしまう。

今でいうプレイボーイだが、それプラス地位の高さを利用したもてたい男がうらやむような話なのかもしれない。

ただ、昔の貴族は働く必要もなく、そして重要な仕事もないので、興味の中心は異性にしかならない、なんとも退屈な時代であった。

そんな光源氏も年には勝てず、自慢の美貌も衰えてくると段々もてなくなってくる。
果ては、正妻からも見捨てられ悲しい晩年を送った。

私は源氏物語の良さがわからない。
感動する場面がなにもなかった。

ただ理解できたことは、目に見えることばかり追いかけて、自分を磨くことを怠るとむなしい人生を送る。
美人だ、美男子だとちやほやされるのも一瞬のことで、いい気になって浮かれていると後でそのつけが回ってくる・・・だった。

自分を戒める意味で為になった映画だったと思う。

2007年1月29日 (月)

自己主張する前に・・・


今まで、自分の考えを通すことが自分らしさを出す方法だと思っていた。

人がどう思おうと自分の考えは絶対に曲げてはいけないと、かたくなに思ってきた。

だから、相手の立場とか考えは無視してきた。

確かに大きな仕事を成し遂げた人や、信念を持っている人は他人の意見を聴かないこともある。

だが、それは立場が違うからだ。

自分がトップで全て自分で責任を持つ、それだけの覚悟があってはじめて許される。

まだ自分が使われている立場であるならば、使われやすい言動をとるべきだ。


下座につくとは自分を殺してへりくだるという意味ではない。

徹底的に自分の役割をまっとうする、やり通すということだ。

そのことが今日わかった。


気づきがあった後は最高にうれしい。♪♪♪

サラリーマンにはサラリーマンの、社長には社長の役割がある。

2007年1月28日 (日)

リストカット


高校2年生の息子が夜中にタクシーで帰ってきた。
ファミリーレストランで友達としゃべっていたところ別の友だちから電話があってA子さんが手首を切って病院に運ばれた。
病院に行くので一緒に行ってほしいということだったそうだ。
病院で付き添っていたら、終電に乗れなかったらしい。

A子さんとは以前からの知り合いで悩みがあるらしく息子は友人として相談に乗っていた。
悩みの内容は知らないし息子も言わないが、親が無関心でほったらかしで、友だちとの関係でも悩んでいたそうだ。
幸い命には支障はなかった。

妻は「あんたはその子に振り回されている。相談に乗ってあげるのはいいけど自分のことをもっとしっかりしなさい」と言っていた。

私は自分で責任が取れるのだったら、自分の思う通りにすればいいと言った。
責任とは身体のこと、学校のこと、そして経済的なこと、この三つの責任を取れるのだったら、人に迷惑をかけなかったら、何をしてもいいよ・・・と


そして、A子さんの話を聴いてあげるのは解決方法が見つからなくても、聴いているだけで安心したり、ほっとしたりするから良いことをしてるね。と褒めた。

ただ、どんな悩みでも他人に解決できることなんてない。
自分の悩みは自分で解決するしかないよ。
もしそのこがあんたに甘えて、甘えぐせがついているとしたら、甘えさせてはいけないよ。

「相談に乗るのと、甘えさせるのは違うからね」 とアドバイスした。

アドバイスはしたもののこの見極めは非常に難しいと思った。
甘えさせては自分で乗り切ろうという意識が薄くなるし、落ち込んでいるときに甘えるなと言っては逆効果になる。

人を癒す、本当の意味は相手のマイナス、ネガティブなエネルギーを自分のプラスのエネルギーで包み込んで、プラスのエネルギーに変えてあげることである。
このことは師匠である宇先生から教えて戴いた。


宇先生のレッスンはレッスン前にあった自分の中のモヤモヤや気に掛かっていることが、終わった後にはいつの間にか無くなっている。

言葉以前のエネルギーの素晴らしさがわかる。
今の息子にはそんなエネルギーのことはわからないだろうが 話をしてみた。
息子は黙って頷いていた。

2007年1月25日 (木)

お金がなくなる日がくる・・・


正確にいうとお金の存在する意味がなくなってくる。が正しいと思う。
そもそもお金はほしいものがあって、それと交換するためにある。
だったら、必要なものがすべて手に入ったら、お金はいらなくなる。

一昔前は近所づきあいがあって、お隣に醤油を借りに行ったり、肉じゃがを作り過ぎたから食べてと持っていったり、魚釣りに行って大漁だったのでと近所に配ったりしていた。
風情があってよかったなー

つまり、ものを共有するようになる。
自分の物も人の物も共有の物として考えて、足らないものを互いに補っていけばお金はいらなくなる。

地球よりも進化した星にはお金というものは存在していない。
2007年、今年に入って波動が高まり、4次元へと次元上昇してきている。

2012年、12月には完全に違う星になる。
うそだー、信じられなーい(日本ハム監督)と思う人は、ご紹介する本を読んでみてください。


フォトン・ベルトの謎 渡辺 延朗 、 光りの十二日間 ボイス社

金メダルを取る人は・・・


金メダルを取る人はどんな人か?それは周りのことをいっさい気にせず、マイペースの人らしい。
オリンピックを見ているとメダルを期待されてプレッシャーで固まっていく人の様子がよくわかる。
インタビューに真面目に答えて「頑張ります」と言っている人はたいがい失敗する。

今、読んでいる本で、賢者の選択 企業家たち 勇気の決断 に出てくる成功者たちは見事なほど人の言うことを聴かない。

人の言うことよりも自分の直感、自分のひらめきを信じている。

どんなに反対されても非難されても絶対にやめないし、あきらめない。
 
金メダルを取る人も成功する人も自分を認めて、尊んでいる。


天は自分を信じる人を応援する。


  賢者の選択 企業家たち 勇気の決断 日経ビジネス文庫

毒りんご


最近つくづく、言葉の威力ってすごいなあと思う。
特に相手の人をネガティブにさせるエネルギーには驚かされる。
油断していると一気に自分のなかに入ってくる。

今日、ある人に「おまえの言うことは信用できない」と言われた。
言われた私はショックを受けて過去を振り返る。
何か信用をなくすことをしたかなあ?あの時のことかなあ?・・・と
思い当たるふしがなくても自分は信用されていないと思ってしまう。
そして、自分は人に信用されない、自分はダメな奴だと思い込んで、ダメな自分が本当の自分だと信じてしまう。

だから惑わされてはいけない。
毒りんごをもらっても決して食べてはいけない。
まして、人に毒りんごを渡しては絶対にいけない。


反対に、「私はあなたを信用しているよ」と言ってあげたらどうだろう?

全然ちがうエネルギーが流れて地上に天国が訪れる。


言葉はすなわち神なりき  イエス・キリスト

器(うつわ)


BUNちゃん先生の息子さんが仕事上の悩みを相談してきたそうだ。

内容は頑張って仕事をして、若くして部下を持つようになったが、自分の言うことを聴いてくれない。認めてくれない。
どうすればいいか?だった。

BUNちゃんは、人が云うことを聴いてくれないのは、相手に問題があるのではなく、自分がいたらないからだよ。とたしなめた。

相手の人はなんでこいつの指示に従わないといけないんだ。と思っている。
それはおまえの器がまだ小さくて、未熟だから認めてもらえないんだ。

「認めてもらいたかったら自分を磨くしかない」 と諭したそうだ。

なるほど、人は立場が上になったら、相手は云う事を聴くと思っている。
自分のほうがえらいと勘違いしてしまう。

人間関係のトラブルはこの勘違いと損得感情(勘定)がほとんどだと思う。
どちらが偉いか偉くないか?どちらが得でどちらが損か?いつもそう考えている。

人間の大きい人はこの感情を相手に持たせない。
それすらも大きな器で包み込んでしまう。


人は自分より器の大きい人(師匠)が顕れるのを求めている。

なぜならば、その人がいることで自分が成長できるから。

2007年1月24日 (水)

守護霊について


もし、自分が今死んでしまって、家族が残されたとする。

自分は死んだはずなのに意識はあって上から地上を見渡すことができる。

そして、これから起こることがすべて判る、家族だけでなく縁のある人すべての未来が手に取るように判る。

だが自分の肉体は無くなってしまったので肉声で伝えることが出来ない。

自分の子どもが今、道を渡ろうとしている。

トラックがスピードを出して近づいてきた。

このままでは轢かれてしまう。

上から一生懸命危ない、渡るなとメッセージを送る。

子どもはハッとして足を止める。(忘れ物を思い出させて引き返すように頭に働きかけることもある)

そして、目の前を猛スピードでトラックが通り過ぎていく。

私たちは気づかなくても日常茶飯事、守られている。


守護霊は祖先の悟った霊のことで、文字通り人間を守る為に存在している。

人は亡くなった後、守護霊になることもある。(悟りの段階で)

どんな人にも必ず2人はついていて、その人に必要なメッセージを常に送っている。

守護霊は仕事についても指導していて経営者や総理大臣など重要な役割を持っている人にはたくさんの守護霊がついている。

聖者はその存在を識っていて、守護霊と一体となって動く。

自分の我ではなく、直感のまま素直にメッセージを受け取る。

ほとんどの人は目に観えないものはないと思っている。

守護霊、守護神もいないと思っている。


目に観えないものを信じられる人は素直で幸せな人だ。

守護霊に感謝すると守護霊は守りやすくなる。

さんまさんの娘さんの名前は・・・


息子が2度目の手術をうけたのは2年半前の中学3年の夏のことだった。

そして、大好きな野球の大会が終わったすぐ後のことであった。

2年の時から腹痛を何度か繰り返し、なんとか乗り越えてきたがその時は様子が違っていた。

痛みが時間とともに増してきて気絶しそうになっていた。

しばらく様子をみようとしていたが病院に連れて行ってと叫んでいた。

夜中の4時くらいだった。

病院に連れて行き、検査をしようとしても痛みでなかなか出来ない程だった。

なんとか検査を終え、担当の先生に話を聞くと腸が癒着しているのが原因だった。

幼稚園の時の手術(腸捻転)が影響していたのかも知れなかった。

「とにかく早く手術して癒着した部分を離すことです」

と先生は言われた。

私は最初の手術のことを想い出し、この若さでなんで2回も同じところにメスを入れないといけないのかとつらくなった。

どうしても手術はさせたくない。

そう思った私は先生に

「このまま痛みがおさまって治ることはないんですか?去年もなんとか乗り切りました」

と食い下がった。

しかし、「その時とは状態が違うようです」 と言われたときには覚悟を決めた。

時計の針は午後6時を指していた。

今すぐするか、明日の10時か、選択を迫られた。

私と妻は息子のところへ行って話をした。

痛みは少しひいて、小康状態だった。

「先生はすぐにでも手術したほうがいいと言っている。でもお父さんはもう少し様子をみたい気もする、明日まで待ってもらえる、どうする?自分で決めていいよ」

と言うと

「手術しても野球できるかな?」

と聴いてきた。

私は「大丈夫、絶対に出来るよ」と答えたときには泣き声に変わっていた。

そして「お父さんはどう思う?今したほうがいいかな?」

と聞かれたときには泣き声は嗚咽(おえつ)に変わっていた。

自分はこいつに信頼されている・・・うれしさとかなしさが混ざっていた。

「今、したほうがいいと思う」 しぼり出すように答えた。

その時に確かに判ったことがある。

熱いものが流れてなにかが一つになった。

一つになって大きな力になった。

手術は無事成功し、いまではすっかり元気になった。

その頃、さんまさんが娘さんの名前の由来を話していたのを聴いた。


いきてるだけでまるもうけ、だから  “いまる

本当にそう思った。

人間は生きてるだけで素晴らしい。



追伸・・・その後、しばらくしてある人に

「人間は死に直結するような大きな病気を2度すると、その後嘘のように健康体になる」と聞いた。

憑き物(前世からの因縁生)が落ちてスッキリするからだと思いました。


 

 

冬のソナタはどなた?


息子の学校に韓国から女の子の留学生が来たそうだ。
なんでもチェ・ジウ似の美人で、すぐに男の子から囲まれて人気者になったらしい。
息子は隣のクラスなのに積極的に会いに行ってすぐに仲良くなった。
今日、学校から帰ってくるなり明日から電車とバスで通学するので交通費をくれと言ってきた。
うちの近所にホームスティしているので明日から一緒に行く約束をしてきたと言う。
妻はなんで自転車通学しているあんたが付き合って一緒に行かないといけないの?
どうしても行きたいんだったら自分のお金で行きなさい。と突っぱねた。
息子は携帯と遊びで手持ちのお金を使い果たし、せびってきたのだ。
「よその国の人と話が出来るのはめったにない、韓国の文化を識る勉強になる。これは自分への投資だ」と言い返し負けてはいない。

私は何も云わずそばで聴いていた。
結局お小遣いの前貸しで話はついた。
最近、息子は受験勉強どころではなく、青春真っ只中で、謳歌しまくっている。
塾へ行く話もいつの間にか立ち消えとなり、アルバイトをすると言い出した。
しばらくは好きなようにやらせようと思っている。

ところで私は冬のソナタにはまっていた。
ユジンのファンで吹き替えの田中美里の声も好きだった。
自分の高校時代とだぶって観ていた。

息子を見ていて、さてはユジンに惚れたかな?と妻と笑った。
ドラマではチュンサンが転校生だったが、ユジン?が留学生なのも面白い。

「ユジンに似ているのだったら一度車で学校まで送って行こうかなあ」
と私が言うと、
妻は「この親子は二人揃って鼻の下を伸ばして」とあきれていた。

2007年1月23日 (火)

よみがえり


数年前、黄泉(よみがえり)という映画をやっていた。
SMAPの草なぎ君と竹内結子が出演していた。
内容は亡くなった愛する人がある日突然、姿を現し、驚かせる物語だ。

ほとんどの人は人間は死ぬと肉体だけでなく、心=魂も無くなってしまうと思っている。
この世は3次元、死後が4次元とすると3次元と4次元はらせん状に繋がっている。
3次元の終わりは4次元の始まり。
現在(いま)、地球はかぎりなく4次元へと近づいている。
だから近い将来、死んだ人と会える日がやってくる。
そして、人には死がない、生命が永遠であることを識ることになる。
そうすれば愛する人の死や自分の死を平常心で受け入れられる。
私はその日が一日でも早く訪れればいいと思っている。
3次元を4次元に早く近づけるには3次元の波動を上げるしかない。
世界を平和にするために毎日祈っている人たちがいる。
たくさんの人が祈れば祈るほど平和は早く訪れる。
願いが祈りになった時、世界は変わる。


世界人類が平和でありますように

渡り鳥


何千キロの海を飛ぶ渡り鳥の持っているものは自分の身体とたった一本の木の棒。

長い航海で疲れたら海の上で、棒を浮かべて一休み。

しばらく休んだら、今度は海にいる魚を獲って腹ごしらえ。

食べた後は木のヨットでお昼ねタイム。

充分英気を養ったら、また棒をくわえて飛び立つ。

財産はなにもない、一本の棒きれが大活躍する。

「今度魚が獲れなかったらどうしよう、もう少し食べておくか」なんて余計な心配はしない。

そんなことをしたら身体が重くなって目的の場所へ行くのが遅くなってしまう。

天は必要なものは必ず与えてくれる。

欲張らず、天の法則通りに生きていれば・・・

一番悲しいこと


この世で一番悲しいこと・・・それは愛する人の死。
親の死、夫、妻、友達、そして子どもの死、人は生きている間にさまざま死に直面する。
そのなかでも子どもの死はもっとも悲しい死だろう。
特に、子どもが幼いと周りの人の同情を誘う。

私は息子の2度の手術(幼稚園の頃と中学3年の時)の直前に息子の死を覚悟した。
おかげさまで2度とも手術は成功して今は元気でいるが、その時の心境を思い出すと頭の中には確かに死があった。
せつなくて、悲しくて、苦しくて、代わってやりたくてもどうすることも出来なくて、その時に流れていた時間は別の世界のものだった。
そしてその時の私は明らかに平常心を失って動揺していた。

死後の世界があること、死後も生命は生き続けることを知っているのに・・・なぜ?
不謹慎かも知れないが動揺している自分が情けなかった、そしてもっと強い自分でありたかった。
どんなときにも平常心でいられないとダメだと思った。

幼い子どもの死は死ぬことで早く魂が浄まり、生きている期間は短くても天命をまっとうしている。
だから親や周りはつらく悲しくても、
魂=命=心 にとってはよいことなのだ。

2度の経験とその後、私自身も強くなって、最近やっと大丈夫な心境になれたと思う。

亡くなった子どもは霊界という世界へ行って元気で暮らしている。
そのことがほんとに判ればどんなに心が休まるだろう。
そして亡くなった子どもも、安心することだろう。
池田の小学校の事件の時も思ったが、人は真理を学んで子どもの死を、悲しみを乗り越えなければならないと思う。


亡くなった子どもはどこへいくのか?今どうしているのか?を知りたい人は、読んでみられたらよいと思う。


        霊界へ行った子供達1.2 村田 正雄著

2007年1月21日 (日)

成就するには・・・


この世も宇宙もすべては波動で出来ているので波動が動かなければなにも起こらない。
波動はすなわちエネルギーである。
物質的なものであれ精神的なものであれ、成就するには意識することが大切だ。



明確な目的意識
   ↓
意識を集中させる
   ↓
意識の持続
   ↓
意識の凝縮
   ↓
  成就


意識の持続まではイメージ出来たが、凝縮(ぎょうしゅく)はやってみないとわからない。
どうなるのか楽しみだ♪

自分を批判・・・

生きていくなかで接する時間が一番長いのは誰か?
親、夫婦、子供、友達、会社の同僚、どれも正解でなく、それは自分自身だ。
当たり前といえば当たり前だが、自分との接し方で自分はどのようにも変わっていく。

自分をダメな奴だ、情けない、他人と比べて劣っている、このままでは将来どうなるのだろうと思い続けているとその通りの人になっていく。

そして、人からも批判、非難、悪く評価されて、それを信じたら同じように信じた通りになってしまう。

光り輝いた素晴らしい本当の自分とは全然違う自分になっていく。

人は無責任に、あまりにも簡単に他人を批判する。
批判する人は、自分に自信がないので相手にぶつけているのだ。
なんて卑怯(ひきょう)なやり方なんだろう。
そんな何の根拠のないものを信用してどうする。
自殺の原因は自分を否定することから始まる。

だから、自分を批判、非難、評価、責めてはいけない。

若山先生は

自分を批判、非難、評価、責めることをやめなさい。

自分を尊敬し、尊び、認めて、褒めてあげてください。

とおっしゃった。


真理を識ると生きる勇気が湧いてくる。

人の言動はコントロールできないが、自分の気持ちはコントロールできる。

2007年1月20日 (土)

紙に書いて客観視する


同じ映画を10人のひとが観た場合、3人が面白かったと言い、後の3人がまあまあ、そして残りの4人がつまらなかったと言えば、はたしてこの映画はよい作品なのか?判断できない。
ここまで意見が分かれることはないにしても自分がすごく感動した映画を熱く語っていたら「そうかなあ、私はそうでもなかったけど」と言われた時はちょっとがっかりして「人それぞれだなあ」と実感した。
どう感じるかはその人の価値観であり、個性でもある。
今まで自分はごく普通の考えを持っていて、他の人とたいして違わないと思っていたが、最近どうも違うらしいと気づくようになった。

今読んでいる本のタイトルは 
人生は手帳で変わる だが、人生で最も大切なものは何かを尋ねたアンケートの結果が記載されていた。
1992年米国で全国的に行った調査だそうだ。


人生において最も大切なものベスト20

1.  夫または妻
2.  経済的な安定
3.  健康と体力増進
4.  子供と家族
5.  神/宗教
6.  達成感
7.  正直、誠実
8.  仕事の満足感
9.  人々への愛/奉仕
10. 教育
11. 自尊心
12. 責任感
13. リーダーシップ
14. 心の平安
15. 自主/独立
16. 知性と知恵
17. 理解力
18. 質の高い生活
19. 幸福
20. 楽しみ


私は自分の価値観を確かめる意味で自分なりのベスト10を書いてみた。
上記の大切なものと自分の書いたものはかなり違っていた。

そして、紙に落とし込むことで今までハッキリしていなかった大事なことが観えてきた。
そこからたくさんの気づきがありました。

みなさんもやってみられることをお勧めします。



思いついたことを紙に書くと紙(神)様がヒントをくれる。


人生は手帳で変わる フランクリン・コーヴィー・ジャパン キングベアー出版

2007年1月19日 (金)

田口 壮(そう)さん


今日、テレビを見ていたら大リーガーでカージナルスの田口 壮さんが出ていた。
田口選手は、オリックスから7年前に大リーグへ移籍した。
移籍先でのレギュラー争いは激しく、結果を出さないと使ってもらえない。
そして田口選手の場合は結果が出たとしても途中で代えられたり、外されることが多かった。
試合に出場するのが当たり前のイチローや松井選手とは違った意味のストレスがあったと思う。
それにもかかわらず腐らずに、いつ呼ばれてもベストの状態であるようコンディションを整え続け、結果も出して、やっと評価してもらえるようになった。
ただ、評価は上がっても、依然として控えとしての出番しかない。
そんな田口選手に今年の目標は何ですか?と質問すると
「監督の使いやすい選手になりたい」と答えていた。
なんという謙虚さだろう。
レギュラーを獲りたい、試合にもっと出たい、結果を出したいではなく、指揮官の立場で考えている。
実績はさほど残していなくても人としての存在感は素晴らしいと思う。
テレビの画面を通して爽やかな人柄が伝わってきた。

イメージ2


前回のブログで子どもにこうなったら素敵だよと夢を語ってイメージさせることが大切だとあったがホントその通りだと思う。
人は自分の将来、家族の将来、地球の未来に対してどのようになるとイメージしているのか?
イメージした内容がポジティブなものであればその通り素晴らしいことが起こるし、ネガティブなものであったとしたらその通り暗い結果が現れてくる。
しかし、一般的に云われているように 
プラス思考にならなければダメだ は自分の心の根本の部分でマイナスになっているのに、無理やりプラスに思おうとしても意味がない。
人はポジティブで、プラス思考になることの大切さは知っている。
ただそれよりもネガティブでマイナスのエネルギーが自分の周りを覆っているので、その影響を受けているのだ。
そのマイナスのエネルギーを仏教では業(ごう)と云われ、キリスト教ではカルマと呼ばれている。
日常生活を送っていると自分のなかにプラスとマイナスのエネルギーが入れ替わり立ち代り入ってくる。
人が幸せになるにはマイナスの気=エネルギーを防御してプラスの気のなかに入り続けることしかない。
プラスの気は云うまでもなく宇宙から流れてきており、宇宙とは人類の故郷(ふるさと)である。


調和波動気功は人間にとって一番大切な原点に帰ることを気づかせてくれる。

そしてこれから地球が素晴らしく進化していくことをハッキリとイメージさせてくれる。

2007年1月18日 (木)

友達


息子は友達との関係を何よりも大切にしている。
携帯メールも勿論、友達とのコミュニティの手段だ。
当然使用頻度も多く、基本料金(5000円)を越える分はお小遣いから引くようにしているが、今月は1万3000円の請求書が来た。
そして、小遣いは0になった。
家族で外食する約束をしていても友達からの誘いがあると急きょそちらを優先させる。
最初は怒っていたが諦めるようになった。
こだわりもここまでくるとスゴイと思う。

息子というか今の若い人にとって友達の存在ってなんだろう?


宇先生は無限なる癒しの本の中のインタビューの質問に対しこう答えておられた。

子供や学生の頃、どのような目的・目標を持たれていましたか?

・友達をたくさんつくる
・何でも出来ること。
・世界中の人達と話が出来ること。
・自分の夢を客観的に言えること。
・人に頼るよりも頼られる人になること。


これらのことは友達との付き合いのなかで培われて行くものなのかも知れない。
私はここしばらく友達との接触がなかった。
そして、本当の気持ちを語ったり、聴いたりしたことが無かった。

息子のようにじっくり時間を取って友と話し合ってみたいと思っている。

2007年1月17日 (水)

優先順位


今朝、妻が息子に説教をしていた。
理由は行動(優先順位)がおかしいということだ。


1. お金がないのに友達と遊びに行っている。(友達にお金を借りた)
2. 付き合いだといって相手に合わせ過ぎる。
3. 新しい携帯電話になけなしのお金を使った。
4. 友達の誘いを断ることも大切だ。
5. 後のことを考えて行動しなさい。(計画的に)
6. 考えが甘い

7. お金がなければ我慢しなさい。

すべて否定的に云っていたが、価値観が妻と息子は違うのだなあと思った。

息子にとって携帯は重要なツールであり、友達がかけがえのないものであれば理解できる。

価値観が高いものから優先順位は決まっていく。


優先順位が行動に現れてくる。

人は価値観が違うから面白い。



相手を解放してあげると自己の束縛から解放される。

バランス感覚


パソコンや携帯メールが普及してくるにしたがって、自分の手で文章を書くことが少なくなった。
年賀状もほとんどがパソコンからの印字で、事務的で冷たい感じがする。

PCに頼ると漢字はなんとか読めるが正確に書けなかったり、忘れてしまうことが多い。

私が通っているPC教室のBANちゃん先生の授業では、たくさんの文章を手書きで書かされる。
理由は書くことによって頭と身体の両方に覚えさせる為だ。

手で書いた文章は確かに忘れにくい。

ただ、授業を聴きながら書き写していくので、話は聴かなければいけないし、聴くほうに神経が行くと書くことを忘れてしまうので、集中力がいる。

五感を鍛えるよい訓練になっている。

PCの文字をデジタルとすれば、手書きはアナログになるのだろう。

今の時代、どちらかに片寄り過ぎるとすぐにバランスが崩れてしまう。

若い人は特にデジタルに慣れ親しんでいるのでバランスを取るのが難しいだろう。

両方理解した上でアナログの良さも若い人に伝えていくのが私たち大人の役割だと思う。

2007年1月15日 (月)

人の悪を聞くために


人の悪を聞くために耳があるのではない。

人の悪を語るために口があるのではない。

人の悪しき姿を見るために目がついているのではない。

2007年1月13日 (土)

家族

朝起きれない息子をしんぼうできなくなった妻が、目覚まし時計を何回も鳴らして起こそうとする。
腹が立った妻は、時計を息子の頭にぶつけてやっと起きてきた。
前日、夜更かしして学校を無断欠席し、担任の先生からお叱りの電話をもらったばかりなので、ほっとけなかったようだ。
私は、以前にも起こしてやることを止めていて、今回も同じように起こすなと云った。
妻は、「助け合うのが家族でしょ。それがなかったら一緒に住んでいる意味がない」と云い返してきた。
一般論は確かにそうだろうと思う。
だから妻が間違っているとは思わない。
ただ、最近感じていることは、家族の一人一人が自立すればするほど、素晴らしい関係になっていっているということだ。
言葉ではうまく説明できないが、人に頼らず、甘えずに自分で努力している姿は美しい。
家族だけでなく会社でも友達関係でも同じではないだろうか?
今、たまたま怠惰になっている息子も自立しようとしている。
見た目にはそう写らないが、本心はしっかりしている。大丈夫だ。
そのことが判るので、信じているので何も云わない。
本心が現れて来るまで忍耐だなあと思っている。

忍耐の忍は心の上に刃と書く、愛は忍耐

2007年1月12日 (金)

洞察力


人のことを理解、判ろうとするなら人を注意して観察する前に、自分のことを深く識らなければならない。

いい加減に生きているということは、自分にも人にも注意を払っていないということです。

自分は今なにを考えて意識はどこにあるのか、人は自分の鏡であるから自分がわからなければ人を理解することは出来ない。

洞察力とはそこから始まる。

今年初めてのレッスンで厳しいけどありがたいお言葉を戴いた。


真剣にやらないとエネルギーは動かない

イメージ


親が子どもに出来ることってなんだろう?と時々考える。
将来に確かな希望と夢があれば苦しみも楽しいことに変えることができる。
それにはまず親が明るく輝いていなければ子どもが変わることはない。
最近、テレビや新聞に教えられることが多い。
特に教育者や指導者の体験談には真実が語られている。


つらいのは自分だけではない、と気づかせるのが大切です。

それは自らの体験から生まれた教訓だ。大学時代、山口さんはラグビーで控えにも入れない四軍選手だった。もともと走るのは不得意なのにひたすら走らされていた時だった。
ついに限界だと思った瞬間、大嫌いだった先輩がものすごくつらそうな顔をしているのが目に入ってきた。
「不思議なことに急に元気が出てきたんです。そして周囲を見る余裕が生まれて気がついたんですよ。自分より条件の悪い人間はいっぱいいるのに必死で頑張っている。
つらさのあまり自分のことしか目に入らなかった。つらさを決めるのは自分自身。気持ちを変えただけで頑張ることができました」
ただその苦しみに耐えられるのは「こうなりたい」という強い思いがあるからだ。
夢や目標がなければ努力しようという気にはならない。
「だからこそ親や教師は子どもたちにこうなったら素敵だよ、というイメージを描いて語ってやるべきなんです。夢や目標に向かっている子どもはキラキラしている。それを認めて評価してやればもっと意欲的になる。
その当たり前のことが家庭でも教育現場でも忘れられている。本当に残念でなりません。


山口良治さん 京都市立伏見工業高校に体育科教師として赴任。弱小のラグビー部を全国優勝4回の名門校に育てる。

ジェネレーションギャップ


リクルートの本に親が高校生だった頃と今の高校生の違いを述べていた。
一番大きな違いは友達とのコミュニティの手段で、今は携帯メールが必須アイテムになっているという。
家にいる時も頻繁にメールが入ってきて、食事中であっても当然のように席を離れる。
後で送るのはダメなのかと聴くと、すぐに返すのがエチケットらしい。
それでは食事をしながら会話しているのを中断するのはエチケットに反しないのか?
「今の高校生はみんなそうよ」と妻は云うが何かおかしい。
相手を理解することと、納得できないことを認めることは違うと思う。
だからうるさがられても「それはやめたほうがいいよ」と云っている。
みんながやっているから、合わさないと自分が浮いてくるとか友達を大事にする気持ちは判るが、周りに流されているようだ。

しかし、流されたり振り回されたりするのも後になれば貴重な経験になるだろうと、楽観的に考えている。


私が高校生の頃にはもちろん携帯もメールもなかったけど、楽しいことがたくさんありました。
今の高校生をうらやましいと思わないのは私だけでしょうか?

2007年1月10日 (水)

言葉


高校生が親にかけられた言葉でうれしかった言葉と嫌だった言葉を紹介していました。
子どもは親の云うことに敏感です。
慎重に選びながらプラスの言葉だけを云うようにしたいですね。


《うれしかった言葉》

●後悔しないようにしなさい
●決してあきらめるな
●自分を信じろ
●好きなようにしなさい。お金の心配はするな
●大丈夫だよ
●頑張れ!
●やりたいなら本気でやりなさい
●自分の道だ精一杯悩め
●大学だけがすべてではない
●苦しいのはあなただけではないんだから



《いやだった言葉》

●全部任せる
●そんなところに行ってどうするの
●出世しないよ
●早く決めなさい
●好きなようにすれば
●誰々は○○大学に受かったのに
●勉強しなさい
●お前のことはオレが一番わかっている
●今頑張らなかったら、一生負けだ
●私たち(保護者)もあなたのためにやっているんだ
●がっかりさせるな
●お金のかかるやつだ

「任せる」 「信じている」といった個人を尊重する言葉は、うれしいという意見といやという意見に割れた。受け取り方や言うタイミングがポイントのよう。

鉛筆と消しゴム・・・


息子に送られてきたリクルート進学辞典2007の中に現役の先生の進路に対するアドバイスがあった。


将来に対する不安や毎日のストレスから、お子さんが進路について積極的に考えられないときは多々あります。
それをせき立てたり、責めたりすれば、「じゃ、どこでもいい!」となりかねません。
焦ることなく、普段から、時々問いかけておくことです。
幼いときに興味を持っていた仕事や、お子さんの得意に目を向けて「こんなのは?」と促してみるのも良いことです。
その興味関心がコロコロ変わるのも高校生の特徴。非難せずに「今はそれに興味があるんだね」と受け止め、温存させたいものです。
「進路設計は鉛筆と消しゴムで書き直すもの」です。
お子さんと一緒に揺れ、考え、話し合ってみる余裕を持ちたいものです。

さすが、現役の先生、高校生の気持ちをしっかり理解している。生徒のことをよく観察して、包容力のあるアドバイスです。
関心が変わるのを優柔不断とマイナスで受け止めるのではなく、そんな年頃なんだからと温かく見守っている・・・いい先生だなあと思いました。

大人も間違えたと思ったら消しゴムで消せばいいんだ!

2007年1月 9日 (火)

勉強


おとついの日曜日、テレビを観ていたら波瀾万丈という番組で石原慎太郎さんがでていました。
石原さんは高校生の時一年休学して好きな本を読んだり、絵を描いていたそうです。
いわゆる不登校です。
司会者の人に今の不登校とどう違うのですか?と質問されて同じだと答えていました。
その理由は、興味のない科目まで勉強させられて面白くない。詰め込みの勉強は中学までで十分、高校からは好きなことを伸ばしていけばいいと云っておられました。
まったく同感です。
こんなこと覚えてどうするのかな?将来役に立つのかな?と首をひねりながら勉強するほどつまらないものはありません。
石原さんの休学していた一年はかけがえのない時間だったそうです。
息子の通っている高校も自主退学する生徒が結構いるそうです。
その子たちの親は、世間体なんか気にせずに長い目で観てあげてほしいなあと思います。
本当の勉強は、どこでも出来るし、学校という枠にいれる必要は全然ないと思います。
ちなみに息子は友達を作りに学校に行っているんだと云っていました。
それもいいですよね。

2007年1月 7日 (日)

スピーキングよりも


スピーキングよりもトーキング 
私と妻の結婚式の時に二人を出会わせてくれたある女性の方から教えて頂いた言葉です。

この人はその時すでに離婚されていたのですが、自分の反省としてスピーチしてくださいました。
うちの家族はケンカもしますし、考え方が違ってうまく伝わらないこともあります。
どこの家庭にもあることだと思います。
ただ、徹底してしていることは、話を中途半端にしないで、テクニックで判らそうとするのではなく、自分をさらけだして心で話すことです。
というよりさらけださないと通じないのです。
さらけだすと考えがちがっても、あーそういう考えもあるんだということが相手に伝わります。
そうすれば問題は解決したのと同じです。

スピーキングよりもトーキング はそういう意味だったんだなあーと今になって思いました。

正岡子規は・・・


正岡子規は「さとりとは、いかなる場合にも平気で死ぬことかと思っていたのはまちがいで、さとりとは、いかなる場合にも平気で生きていることであった」といっている。


この文章を読んで本当にそうだなあと思いました。
今、いじめがどうだとか云われていますが、どちらが悪いというのではなく、自分が強くたくましくなることが大切だと思います。

人の言葉に振り回されない、人のせいにしない、自分で責任を取る、人に頼らない、自立する。
それが私の今年の目標です。

2007年1月 5日 (金)

一瞬一瞬に


一瞬一瞬に真心と愛を込めて生きてみよう。すべての状況が輝いてくる。


日々の指針という文章の一つですが心に響いたので書いてみました。
お月さまに輝いてくださいとお願いしたら応えてくれたように自分のほうから愛を放てば必ず返ってくる。
人に対して愛を意識して接するのと相手を否定して接するのでは天と地ほどの違いがあります。
ハーモニーで塾の先生をしている人が云っておられたのですが、受験生の親は必要以上に動揺したり心配しているのだそうです。
子は親の鏡と云われるように親の想念(思っていること)が子に現れます。
落ちたらどうしようと不安になったり、なんでもっと勉強しないのかしらとイライラしたらマイナスのエネルギーが子どもに行って情緒が不安定になります。
思っているだけでなく言葉にすればすごいエネルギーになります。
親は子どもの心配をするのは当たり前、云わないと判らないからは間違っています。

現在(いま)家庭内で起こっている事件はエネルギーを無視した、感情的になった結果の出来事のようです。
子どもが生まれたとき親は愛を受け取りますが、成長するにしたがって情が強くなります。
親の成長とはこの情を取っていき、愛に戻すことのように思います。

感動すること


宇先生は人が最後に求めるものは感動と神秘的なこととおっしゃいました。


勉強、仕事、スポーツ、恋愛、習い事、テレビ、映画を観ること、人との対話、本、新聞を読むこと、すべて感動するためにあるそうです。
そう云えば一日を流されて過ごしてしまいそうになった時は意識の上がる本を読んだりして気持ちを落ち込みを防いでいます。

私の周りにいる人を客観的に観ていると感動することを探している人がたくさんいます。
なんとなく、無意味に過ごしているようにみえても、心は感動を求めています。
そして、求め続けていたら必ず絶好のタイミングで与えられます。
人の幸せはどれだけ感動したかにあります。
自分のこころをプラスでいっぱいにしていると色んなことに共鳴して感動や気づきが多くなります。
幸せは外にあるのではなく、自分の中にあります。

2007年1月 4日 (木)

話を聴く


話を聴くのきくという意味は、気が来るということだそうです。

つまり、気(エネルギー)がくるので当然影響を受けます。

相手の人がマイナスを持ってくれば、しんどくなり、プラスを持っている人であれば反対に元気をいただきます。

人を元気づけるのは言葉だけでなく、パワーも必要です。

ですから、簡単に相談に乗ったりすることや、自分の体調がすぐれない時は断る勇気も必要です。

宇先生はマイナスを持った人へは5倍のプラスにして返さないと治療できないと云われていました。

自分がプラスのエネルギーを持ち続ける大切さがよく判りました。

怠惰


妻の実家に12月30日から1月2日まで3泊してきました。
何も無い田舎なので、炬燵(こたつ)に入っていると睡魔が襲ってきて、うとうとしたかと思うと何時間も寝てしまいました。
読もうとしていた本も読み終えず、怠惰になっていました。
エンジンのかからない息子も例外ではなく、お互いに食べては寝るそんなお正月でした。

今日、テレビを見ているとNHKで、息子さんを交通事故で亡くした悲しみを乗り越えて、息子さんが通うはずだった早稲田大学へ猛勉強して合格したというお母さんの姿を放送していました。
強い意志があればどんなことも実現する。
目的や目標をもっている人と怠惰に生きている人の差はそれこそ雲泥の差です。

年末のセミナーで宇先生が原点に帰ることが大切だとおっしゃたことを想い出しました。
自分の原点は何なのか?
私には原点が2つあります。
一つは自分の本心、もう一つは一生懸命に生きることです。
そのお母さんも合格したことがすごいのではなく一つのことに集中して精一杯生きていることに感動を覚えました。
原点とはそういうことのような気がします。

一番大事なこと


お正月に普段見ていないテレビを見る機会がありました。
そこで改めて判ったことは、人の一番の悲しみは愛する人を失ったこと、そして自分も含めて死をきちんと受け入れていないということです。
人の誕生に対して死は、あまりにもつらい暗いイメージがあります。

今、色んなことが判ってきて死後の世界や生まれ変わりが云われ始めたのに、死は別れ、かわいそう、寂しい、二度と会えない、孤独になる、ほとんどの人はそう思っています。

死の本当の意味、真実が判らないと人は幸せになれない。
そう強く感じました。

若山先生は一番大事なことは
永遠の生命(いのち)に繋がることだとおっしゃいました。
今肉体を持って自分が存在しているのは、永遠の生命からみればほんの一瞬である。
肉体は無くなっても心=生命はずっと生き続ける。
ただ、人からそう云われても自分の心が納得しなければ本当の安心立命になりません。
2007年は波動が変わって(光が強くなって)人類が真実に目覚めていく年になります。
そうなれば死もプラスとして受け入れていくことが出来る。
そして病気にも、将来に対しての不安も無くなっていく。

一日も早くそうなればいいなと願っている今日、この頃です。

お月さまが光った


みなさん、明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
年末からお正月にかけてブログをさぼってしまいました。
今日から気持ちを新たに書いていきます。

さて、私は妻の実家でお正月を過ごしたのですが、田舎の空はとてもきれいで冬の星座のオリオン座をみて、感動していました。
そして以前、宇先生に人と全てのものは繋がっている、だからお月さまに光って下さいとお願いしたら必ず輝いて応えてくれます。と教えて頂いたことを想い出しやってみることにしました。
空は少し雲が出ていて月は見え隠れしていました。
私は心のなかで光って下さいとお願いすると、強く光りだして、しばらくの間その輝きを保ってくれました。
正直に云いますと本当かなあと半信半疑だったのです。
そして少しでも疑いがあると通じない、信じてやらないとだめだろうとも思っていました。
それなのに輝いてくれたのでよけいにうれしくなりました。
宇宙の中に自分が居る、昔はそう思っていました。
でも今は、自分のなかに宇宙がある、一体なんだと判るようになりました。
自分の身体や意識が以前と違ってきているようです

これから自分はどうなっていくのか楽しみです。

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