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2006年12月10日 (日)

奇跡は起こる


私は目に見えないものが見えたり、霊が見えたりはしません。
ただ、自分は守られている、何か偉大なものによって生かされていると判るだけです。
そして、心と心が交流したとき、エネルギーが動いて奇跡が起こることも判ります。

人にとって必要なことは、本人の意思とは関係なく経験させられるのかも知れません。
息子が幼稚園に通っているときに私にとっての奇跡を経験しました。


ある日、急にお腹に痛みを感じた息子を近くの病院に連れていきました。
その時の痛がる様子は、転げまわるような痛さだったと思います。
レントゲンで見てみると腸がねじれて、通路を遮断する腸閉塞(ちょうへいそく)でした。
しばらく入院して経過を診ていたのですが、ねじれていたところが壊死(えし)しそうになっていました。
「このままいくと腸が腐ってきてたいへんなことになります。手術しかありません」
とお医者さんから言われ、私と妻は覚悟を決めました。
ただ、こんな小さな身体にメスを入れなければならないことがなんとも不憫(ふびん)でした。

手術の日がやってきて、麻酔をかけられた息子は手術用のベットに移されました。
そのとき、息子はベットから起き上がり
「パパ、ママ助けて!」と叫びました。
私の心は熱くなって、「代わりに死にたい」そう思った瞬間、私の心と息子の心が一つになっていくのが判りました。

そんな気持ちになったのは、その時が始めてでした。
手術が終わって、お医者さんから結果を聴きました。

「お腹を開けてみると、ねじれているはずの腸がきれいに戻っていたのです。だから腸は切っていません。盲腸はいらないものなのでついでにそれだけ取っておきました。
なぜ戻っていたかはわかりません。不思議です」
とおっしゃいました。

私と妻はきつねにつままれたようにしばらく茫然としていました。
その時は訳もわからず、とにかくよかったと喜んでいました。

あのことが、助けて戴いたのだなあー、守って戴いたのだなあーと判ったのはずいぶん後のことでした。
そして、この経験が、私の親としての自覚を持ちはじめるきっかけになったように思います。

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