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2006年12月26日 (火)

自分に返ってくる


私が車に乗っていて理解できないことは、タバコを吸いながら運転している人が吸い終わったタバコを外へ投げ捨てているのを見た時です。
なんで、車に付いている吸殻入れにいれないんだろう?と腹が立つより不思議に思っていました。
そして、投げ捨てたタバコが火のついたまま戻ってきて服やシートが焦げたら面白いし、そうしたら反省して止めるだろうなあと思っていました。
自分のした行為はすぐには返って(帰って)来ませんし、返ってきても時間が経っていますので気づかないかも知れません。

私は最近、自分のしたことが確実に返ってきているのを実感しています。
それもかなり早いスピードで・・・
良いことも大きくなって帰ってきますが、いい加減にしていることや先延ばしにして誤魔化している問題も大きくなってしまい、早くハッキリしろと云われているようです。
ほんと反省することが多いです。(人のことは云えません)
今年ももうわずかです。
来年に持ち越さないように今年中にスッキリさせていきたいと思っています。

元気が出る方法


自分が元気になる一番の方法は人を喜ばすことだそうです。
クリスマスに親が子どもにプレゼントをするのは、子どもの喜ぶ顔を見て元気をもらっているのですね。
物をあげるにはお金が掛かりますが、言葉であればお金が掛かりません。
みえすえたお世辞はよくありませんが、元気づけようと気持ちのこもった言葉は人をなごませます。
顔を褒めるのは難しくてもネクタイや服、センスなどは褒められたら結構うれしいものです。
そして喜んでもらえたらこちらもうれしくなります。

私は人のことを褒めるのは無理をしなくても自然と出来るのですが、妻に対してはなぜか反対に憎まれ口を云ってしまいます。
それこそ言おうとしたら頭で考えて計算?してしまうのです。
もし、褒めたりしたら逆に疑われたり、気持ち悪がったりされないかとか、今までそんなことを言った覚えがないので照れくさいですよね。

でも少しづつ挑戦してみようと思っています。

心に愛がなければ


私が中学3年の時に、受験勉強をしながら深夜放送のラジオを聴いていました。
そのなかに、心の灯火(ともしび)というキリスト教の番組がありました。
始まりの音楽と共に流れてくるナレーションが耳に残っていました。


心に愛がなければどんなに美しい言葉も相手の心に響かない(聖パウロ)

その時に生意気にも友達に出した年賀状にその言葉を入れていました。
その頃はなんとなくそうかなあと思っていただけでしたが、今になってその真意がよく判ります。
心のなかを愛で溢れさせてプラスでいっぱいにしていると言葉にしなくても、身体じゅうからよい波動がにじみ出てきます。
いつも自分がどんな波動を出しているのかチェックすると、自分のことを客観視出来るし、すぐに切り替えが出来ます。
宇先生は言葉を、奏でるような音楽の波動にすることを教えてくださいました。
男は間合い、女性は響きが大切だそうです。
その言葉の響きを音楽のように奏でて話をしている人は歌手の平原綾香さんだそうです。
確かに話し方や歌を聴いていると癒されますね。

2006年12月24日 (日)

お年玉


我が家では、息子にお年玉を渡していません。
なんで月々のお小遣いの他にサービスしなければいけないのか、納得いかないからです。

ですから、もらえるのは、両方の祖父母からと少ない親戚の人に限られます。
そのうち私と妻からお年玉で返すからという約束で貸しているお金があるので厳しいお正月になりそうです。

今の子どもは誘惑がたくさんあります。
携帯、カラオケ、ファッション、デート等、お金の掛かることばかりです。
すべての欲望を満たそうとしたらとんでもない金額のなります。

私は息子が小さい頃におもちゃを与えすぎていた時期がありました。
途中で、これではいけないと気づいて厳しく(普通に)?してきたのですが、最近やっと我がままを言わなくなりました。
あのままずっときていたら今頃どうなっていたかと思うとぞっとします。

自立するとはある意味、欲望をコントロールできるようになることだと思います。
それが出来たら一人暮らしをしたり、家庭を持ったりしても大丈夫なんでしょうね。

2006年12月20日 (水)

スウィングステッパー


 

私は週4~5回プールに行くようにしています。

プールでなにをするかと云いますと後ろ向きに足を高く上げながら走るのです。

足は一番エネルギーが滞りやすいところなので特にメンテナンスが必要です。

例えは悪いのですが昔の人は、ヤクザの世界から抜け出すことを 足を洗う と云いました。

また、悪事があばかれて捕まることを 
足がつく とも云います。

 

プールの中では、身体に適度の水圧が掛かって血行を促し、新陳代謝を良くします。

そしてエネルギーは血管を通るので、エネルギーの流れが良くなります。

エネルギーが流れると不思議なことに気になっていることや心配事も流れて行きます。

プールでなくてもスポーツで汗を流すとスッキリして気持ちがよくなるのは身体だけでなく心も

リフレッシュ出来るからです。

プールは非常に効率よく身体を整えてくれます。

そして、家でも出来るエクササイズとしてスウィングステッパーを買ってきました。(若山先生

に薦められて)

これはひところテレビショッピングで流行っていた健康器具で、少し捻(ひね)りを入れながら

足踏みをします。

捻ることは普段使わない筋肉なので最初は疲れますが、同時に滞っていたエネルギーが流

れ出すので終わった後がすこぶる爽やかです。

テレビを観ながらでも出来るので、今、はまっています。


みなさんもいかがですか?

ちなみに東急ハンズで5,980円でした。(安い投資です)

なお、優(すぐ)れものではありますが、やっぱり
プールに行くのが一番 だとおっしゃっていま

した。




 

2006年12月19日 (火)

醸(かも)し出す


この間、NHKで、美味しいビールを求めて本場ドイツまで行った、あるメーカーの営業マンのドキュメントをやっていました。

その営業マンはビール造りの名人に美味しいビールはどうしたら出来るのかを訊ねます。

「よいビールは造るのではなく、ビールにとってよい環境を整えてやれば自然と醸し出してくるものだ」

と名人は答えていました。

なるほどなあ、よい人間もなろうと思ったり、育てようとするのではなく自分でよい状態になるところに身体と気持ちを置くことが大事なんだなあと納得しました。

人もビールと同じように何も言わなくても、内から温かい人柄や雰囲気が醸し出されるようになったら素晴らしいと思いますよね。

もうすぐクリスマス


日本は不思議な国で、キリストの誕生を祝うクリスマスもすれば、その数日後にはお正月に神社(神道)でお参りをし、お墓参りにお寺(仏教等・・・)に行きます。

色んなものを受け入れて同化し、調和していく、素晴らしい国です。


ところで、クリスマスの日には世界中の人が穏やかな気持ちになって、地球上の犯罪が激減するってご存知でしたか?

ほんのひとときにしろ、戦争をしている国、犯罪を犯そうとしている人、自分が不幸だと思っている人が、気持ちが一つになって、平和を願い、神を想う。

そんな波動が流れた時、人は我(本心)に帰って、自分はなにをしていたんだろう?・・・
と自分自身に問いかけるのでしょう。

だから、一年で一番素晴らしい(波動のよい)日だそうです。

ならば、クリスマスの日が毎日続けば善いのに・・・


そうです。たくさんの人々が平和を祈り続ければ、必ず平和になります。

世界人類が平和でありますように

2006年12月18日 (月)

どっちもどっち

昨日、電車に乗っていたら、乗客の人同士がケンカをしていました。
ケンカの内容は判らなかったのですが、どちらが悪いかでもめているようでした。
幸い、片方の人の友達と思われる人が冷静で相手の人に謝って、事なきを得ました。
たいがい争いごとの原因は、何割方相手が悪い、だから自分が正しいとか、自分は悪くないだから相手を責めてもよいのだ、だと思われます。

確かに自分は100%正しくて、相手が100%悪い場合は腹も立つし、責めても誰にとがめられることもないでしょう。
だからといって、相手を責めてもスッキリしませんし、釈然としません。

私も人から、理不尽なことで責められたり怒られたときは相手の人を責めるか、腹を立てている自分をなさけなく思っていました。

私が愛読している老子講義は、清涼水のようにもんもんとした心を洗い流してくれます。
なぜならば、そこには真理が書かれているからです。

現在、誰かに、何かに腹が立っている人、附に落ちないまでもなるほどなあと思っていただければ幸いです。


自分の行為が正しくて、相手の行為が悪いのだから、自分が怒るのは当然だというような場合が随分ありますが、私のようにその人その人の過去世からの想念所業の判るものからみれば、その時には、確かにその人の方が正しく、相手方が百%悪いとしても、過去世からのお互いのやりとりを通算してみれば、正しいと思っている方のも、悪いところが沢山あったので、相手方がその人に悪く当たってくる理由も随分とあるわけなのです。

                        老子講義 五井昌久

これだけの文章でなるほどと納得することは難しいかも知れません。
しかし、自分は絶対に悪くないと主張してみても何の解決にもならない(気持ちの中で)のも事実です。


過去の結果が現在

2006年12月17日 (日)

犬と人間


私は犬年の生まれ(昭和33年)なので、犬には親しみを感じます。
幼いころ、捨て犬を拾ってきては、怒られて、悲しい経験をしました。
犬の目は、人間と同じ目をしています。
そして、気の弱そうな、優しい目です。
動物のなかで、唯一人間に生まれ変わることの出来るのは犬だけだそうです。
それは、感謝の気持ちをもっているから・・・
感謝は愛であり、すべてに通じます。

今日、新聞を読んでいたら、犬を上手に育てている人の話が載っていました。

9回褒めて、1回叱る
犬は敏感で、すぐに人の感情をくみ取ります。
人も同じです。

人も褒めることが大事だけど、自分
のことも褒めて、認めてあげることが大事です。

そのことが愛が拡がっていく コツ のような気がします。 

2006年12月14日 (木)

呼吸すること


人は生まれてくるときに息を吸って、死んでいくときに息を吐くのだそうです。
調和波動気功法では呼吸法を大切にしています。
一般的にも深呼吸は気を落ち着かすのに良いとされています。
私たちは呼吸を意識せずしていますが、身体の調子が悪くて鼻がつまったりすると、神経が散漫になって、物事に集中できず、すべてがいい加減になってしまいます。
呼吸とは、空気中の酸素を吸って、体内の炭素と結合した炭酸ガスを吐くことです。
その呼吸が充分でなく、浅いということは、肉体に充分に酸素が行き渡らず、不調和な状態となり、病気という症状に至るのです。
人は生きていく上でいかに呼吸が重要であるかが、判ります。
また、呼吸は、自らの感情、感覚に対しても影響を与えます。

 正しく深い呼吸は、肉体を構成しているすべての内臓、器官、
組織の機能、働きが調和し、その結果、感情や感覚が安定し、常に平安な精神が保たれるのです。
呼吸法はゆっくりと行います。
イメージとしては、宇宙のエネルギーをいっぱいに吸って、吐くときは、体内から毒素が出ていく感じです。

静かに吸って、 穏やかに止めて、 さわやかに吐きましょう。

2006年12月13日 (水)

鼻が詰まったら


風邪が流行っていますが、鼻みず、鼻詰まりの症状を緩和させる簡単な方法があります。


1.用意するもの、座布団(ざぶとん)か、似たようなもの

2.座布団に頭をつけてタンスか壁を支えに逆立ちをする。

3.左右の手でうまくバランスをとりながら頭が痛くなってきたら止める。

やり終えたら、頭がスッキリして鼻の通りが良くなっていることに気づきます。
詰まりがきつい場合は何回か逆立ちを繰り返してみてください。

鼻詰まりは頭がスッキリしていないときに起こります。
頭のてっぺんは百会(びゃくえ)と言って薄い膜があるのですが実はエネルギーが通りやすいように空いています。

頭をつけて逆立ちすることで刺激を与え、通りやすくなります。

頭がボーとしているときや、考え過ぎのときに効果があります。

2006年12月12日 (火)

教えるということ


息子の定期試験が今日で終わるので、すぐに帰ってくるのかと思っていたら、よその学校の友達の勉強をみてあげるのだと言っていました。
「へぇー、親切やね(相手は女の子かな?)」と感心しましたが、教えるというのは相手のためだけでなく、自分にとっても非常に勉強になります。
自分がきちんと判ってないと相手に伝わらないし、自分が判ってなくて不安になると、その不安は相手に伝わります。
また、理解しているところでも新しい発見があったり、復習することでさらに自信がつきます。

そして、 
判っていたつもりでも、本当はたいして判っていなかったことに気づきます。

以前、息子は学校の先生になりたいと言っていたことがありました。
色んなことを経験していくうちに、自分の進む方向が見えてくるかもしれませんね。

2006年12月10日 (日)

奇跡は起こる


私は目に見えないものが見えたり、霊が見えたりはしません。
ただ、自分は守られている、何か偉大なものによって生かされていると判るだけです。
そして、心と心が交流したとき、エネルギーが動いて奇跡が起こることも判ります。

人にとって必要なことは、本人の意思とは関係なく経験させられるのかも知れません。
息子が幼稚園に通っているときに私にとっての奇跡を経験しました。


ある日、急にお腹に痛みを感じた息子を近くの病院に連れていきました。
その時の痛がる様子は、転げまわるような痛さだったと思います。
レントゲンで見てみると腸がねじれて、通路を遮断する腸閉塞(ちょうへいそく)でした。
しばらく入院して経過を診ていたのですが、ねじれていたところが壊死(えし)しそうになっていました。
「このままいくと腸が腐ってきてたいへんなことになります。手術しかありません」
とお医者さんから言われ、私と妻は覚悟を決めました。
ただ、こんな小さな身体にメスを入れなければならないことがなんとも不憫(ふびん)でした。

手術の日がやってきて、麻酔をかけられた息子は手術用のベットに移されました。
そのとき、息子はベットから起き上がり
「パパ、ママ助けて!」と叫びました。
私の心は熱くなって、「代わりに死にたい」そう思った瞬間、私の心と息子の心が一つになっていくのが判りました。

そんな気持ちになったのは、その時が始めてでした。
手術が終わって、お医者さんから結果を聴きました。

「お腹を開けてみると、ねじれているはずの腸がきれいに戻っていたのです。だから腸は切っていません。盲腸はいらないものなのでついでにそれだけ取っておきました。
なぜ戻っていたかはわかりません。不思議です」
とおっしゃいました。

私と妻はきつねにつままれたようにしばらく茫然としていました。
その時は訳もわからず、とにかくよかったと喜んでいました。

あのことが、助けて戴いたのだなあー、守って戴いたのだなあーと判ったのはずいぶん後のことでした。
そして、この経験が、私の親としての自覚を持ちはじめるきっかけになったように思います。

2006年12月 8日 (金)

セミナーのおしらせ


調和波動気功のセミナーです。
私たちにとって大切なことを教えてくれる
楽しくて、美味しくて、勉強になるセミナーです。
私は毎回楽しみにしています。
是非、お越しください。
詳しくは、調和波動気功法のHPをご覧ください。

http://homepage2.nifty.com/hmwave_goldendoor/



「第2回健美食の会」開催日時

日時:2006年12月24日(日)12:00~16:00
   会 食       12:00~
   于先生講演  14:00~16:00

会費:8,000円(中学生以上)
    4,000円(小学生4~6年生)
会場:中国料理 大成閣
申込み方法:ハーモニーに電話でお申込み下さい.

美容と健康グルメ研究会ハーモニー
        TEL/06-6245-5457
        

縦、横、十字


宇宙を意識すると天からのエネルギーが頭のてっぺんから入って地球の中心へ流れていきます。

つまり縦(たて)のエネルギーです。

この世(3次元)は横取りの世界、横のエネルギーが流れています。

横のエネルギーに縦のエネルギーが交差すれば大調和、プラスになります。

プラスの意味、十字架の意味は調和なんですね。

3000人の人にパンを与えるより


3000人の人にパンを与えるより、ほんの一瞬でいいから冷静で居なさい

確か、キリストの言(ことば)だったと思うのですが、目に見えないエネルギーのことをそれこそ一瞬で理解できる名言です。

私たちはどうしても目先の食べること、生活することのみに意識がいきますが、エネルギーの世界では、2の次、3の次のようです。
食べていくことは勿論大切なことです。
しかし、そのことばかりに気を取られるのではなくて、自分が冷静であったならばどういう影響を周りに及ぼすのか?逆に動揺していたら?・・・
結果はすぐに現れます。
エネルギーのスピードは光りよりも速いそうです。

4次元(目に見えない世界)が整えば、3次元(目に見える世界)は自然と整ってくる。

人は受信器

ラジオは聴きたい番組があれば、放送局から発している周波数に合わせると電波をキャッチして、聴くことができます。
テレビも同じです。
人はラジオやテレビと同じように受信機(器)です。
ただ、違うところはテレビがNHKにチャンネルを合わすと他の番組は写らないのに対し、人には色んな番組が入ってきて頭のなかを駆け巡ります。
真面目なことを考えていたかと思えば次の瞬間、みだらなことを考えていたり・・・
午前中は気分が良くて、僕は幸せだなあと思っていたのに、午後は、昨日の嫌な出来事を思い出して腹を立てたり考え込んだり頭のなかはいつも大忙しです。

先日、人は波動体であると述べましたが、人と人は発している波動、つまりエネルギーが影響し合って自分の中に人の思いが入って(写って)くるのです。

人ゴミのなかに入るとたくさんの人の影響を受けるので、疲れます。
群集心理(ぐんしゅうしんり)とは、たくさんの人の波動を受けて自分の考えが大勢の人達の考えに変わることをいいます。


1000人の人がマイナスのネガティブな考えを持っていたとしたら、そこは何かどんよりとした暗いイメージの場所となりますが、一人でも、プラスのエネルギーを放っている人がいれば、そこは温かい明るい場所になります。
マイナスのエネルギーは有限ですが、プラスのエネルギーは無限なのでそこを浄化することができるのです。
プラスのエネルギーは宇宙のエネルギーであり、マイナスのエネルギーは人間の想念が作ったものだそうです。
自分のエネルギーをプラスにするとそれに共鳴してよい人が集まってきて、良いことが起こるようになります。

宇宙と共鳴してプラスの波動を出すことを、宇宙法則に乗る といいます。

2006年12月 7日 (木)

堅物(かたぶつ)

融通が利かない人の例(実話ですが)として、ガンで亡くなる寸前の人が最後に付き添いの人に
「最後にタバコを一服させてくれ」と頼んだそうです。
付き添いの人(Aさん)は患者の仕事上の部下でもあり、プライベートでも親交のある真面目な人でした。
Aさんは「社長、とんでもないです。社長がガンになった原因はタバコです、私は絶対に許しません」と断ったそうです。
そして、まもなく、患者さんは悲しそうな顔をして息をひきとっていったそうです。

どうせ死ぬのだから最後くらい好きなタバコを吸わせてあげたらよかったのにと思うのですが、Aさんにしてみれば患者のために当然のことをしたと思っているのでしょう。

私たちはよく、相手のことを想って言ったとか、叱った、怒ったといいますが、そこに、純粋でかつ寛容な愛がなければ、人を傷つけてしまいます。

真面目な人、堅物と呼ばれている人は余裕がないので人を息苦しくさせたり、窮屈(きゅうくつ)にさせます。
そして、これでいいのだろうか?間違っていないだろうか?と迷って、自分を責めたり、人を責めたりします。

気が利きすぎるよりも、のんびりしておおらかで、ちょっと抜けてるぐらいの方が、親しみやすくて良いのかも知れませんね。

2006年12月 6日 (水)

波動とは?

海や川の波は目にみえますが、電波、音波、などは目に見えません。
見えませんがそれは確かにあります。
見えるもの見えないものを含めて宇宙はすべて波動で、できています。
石のような硬いものでも顕微鏡でみると穴だらけで、もっと追求していくと原子、中性子、微粒子が活動しているそうです。
ですから、石は硬くて動かないものに見えますが、ちゃんと生きている、動いているのです。
ただ変化する時間がとてつもなくゆっくりしているから、わからないのです。

人間の肉体も細胞から素粒子をへて波動でできていることが判ります。
しかし、私たちは肉体だけが自分だと思ってしまいます。
肉体は自分を現しているほんの一部であって、本体ではない。
よく目に見えるものしか 在る と認識できない例えとして、氷山の一角がありますが、海面の下をたどっていくと地球と直結したすそのがあります。
人間もたどっていくと波動体であり、宇宙とのつながりがあります。
この波動体であることを意識して、天地を流れるエネルギーを意識すると宇宙と共鳴できたり、それによって安心感が生まれてきます。


波動体を意識すれば、肉体や物質にとらわれなくなって、自然体で生きていくことができるようになります。

2006年12月 5日 (火)

目標

目標、目的を決めないといけない。
そうでないと夢は実現しないと、あまりにもそれにとらわれていたようです。
一昨日のレッスンで、「息子さんあれからどうですか?」と宇先生に聴かれて
「まだ、目的がハッキリしないようです」と答えた私に対し
「大事なのは自立することですから、それができれば何をやってもいいのです」と答えられました。
大学も無理にいく必要もないし、専門学校でもよい、好きなことをして、友達をたくさん作って、色んな体験をして、アルバイトをしてもいい、それらはすべて枝葉のことであって、最後に自立できればそれでいいのです。と・・・いっぺんで肩の力が抜けて楽になっていきました。
そうなんです。大切のは目的を決めることではなくて自立すること。
自分で責任が取れて、経済的にも人に迷惑をかけない。
人に頼らない。そのことが根本にありました。


これからは、もっと寛容な気持ちで息子と接することができそうです。

自分の夢を客観的に言えること

あなたは自分の夢を客観的に言えますか?と聴かれたとき、明確に答えられるかと言えばまだハッキリしません。
客観的とは、肉体人間の自分をもう一人の自分が冷静にみている状態をいいます。
それは、3次元を超えて4次元にいる、宇宙的視野に立っていることになります。
その状態で夢を言えるということは、強い意志力が、エネルギーが働くことになります。
人に言わなくても、自分自身に言い聞かせていくと漠然ともやがかかっていたのが霧が晴れたように、
少しずつスッキリしてきます。
あー夢ってこうして実現していくのだなあーと判ったような気がします。

自分の夢を客観的に言うこと、毎日続けていこうと思います。

子どもの教育

息子が生まれて、親になったとき私は、31歳でした。
30歳を過ぎていても、親としての自覚や知識があったかといえば、なかったです。
近くに私の両親がいました。
子育ての経験者ではありましたが、的確なアドバイスがあったかどうかは疑問です。
どうも未熟な親やその親が子どもを育てているように思えます。
幼児虐待は、大人になりきれていない精神的に未熟な人がどうしてよいかわからなくなった結果だと思います。
そんな親に育てられた子どもが立派に育つはずがありません。

地球上に、
ある集落があって、そこでは子どもが生まれると真理が判っている(正しい判断の出来る)長老といわれる人がその子どもを預かって、精神的に自立できるまで教育するそうです。
つまり、若い夫婦は子どもをつくるのが役割で、育児はしないでよいのです。
その集落の将来や子どものためを考えるとそのほうが良いのかも知れません。
私も子育てしているのではなく、子どもを通して一緒に育っているみたいです。
ですから、時々判らなくなります。
そんな時、適切な助言をいただける・・・
宇先生は私にとって、この長老のような存在です。

改めて、幸せを感じます。
人にとって人生の指導者(メンター)は、必要としたり、求めたときに現れるといいますが、それは何かに依存することではなく、自立していく為に神様から与えていただける道しるべです。

自分で頑張ろう、自分でしなければならないは、いらないのですね。

2006年12月 4日 (月)

これからの学校

自立という観点からいうと大学を出ているとか、出ていないとか、あまり関係ないように思います。
これからは、社会にでて役立つ人材を育てる、専門の学校が出来てくるそうです。
今までの学校は知識を詰め込むだけで、仕事の意味や、人間関係のこと、お金についてなど、実社会に出てから必要な考え方を教えることはありませんでした。
そのようなことは、社会に出てから自分で会得(えとく)していくものだと・・・
確かに、良い上司や良い先輩に育てられて立派な人になることもありますが、今の社会状況で、社員を一から、それも愛情を持って育てることは無理があるようです。
というより教育できる人が少ないのが事実です。
社会に出る前に、自立していく前に考え方をしっかりしておく、とても大切なことだと思います。

マナー教室や高感度をアップさせる方法とか形を重視することではなく、社会貢献や理念についての勉強が必要な時期に来ているように思います。
すでに、必要性を認識して動き出している学校があるそうです。
これからどんな学校が出てくるか楽しみですね。

無限なる癒し

今日の毎日新聞朝刊に無限なる癒しの本の広告が載っていました。(それ以外の新聞にはもう掲載済みもあります)
昨日、宇先生からお聞きしていたので、
わくわくしながら、コンビニまで買いに行ってきました。
私たち生徒の文章も載っているので、何か自分の本のような愛着があるのです。
そのなかの見出しの文をご紹介します。


今までの私が自然の私に生まれ変わるのです

調和波動法を続けますと、必ずといってよいほど自然体になります。
そしてものの考え方や気持ち、心の状態、精神の状態が自由自在にとらわれないものとなり、病も快復してゆきます。


いじめを受けた心にも伝わる
「大丈夫、大丈夫」のメッセージ。実践のCDと無限次元へいざなうDVD付

無限なる癒し 宇宙天使からの贈り物メソッド&メッセージ
     調和波動気功法Ⅱ     宇 寿明 星湖舎

2006年12月 3日 (日)

病気とは?2

病気にならない身体をつくるには肉体のメンテナンスと精神的なメンテナンスの両方が必要です。
肉体のメンテナンスは気の流れやすい身体にすることです。
ストレッチや動功(どうこう)といって呼吸法を伴なったやり方があります。

精神面では、思いを貯めず、善いことにも悪いことにも?とらわれずにスッキリ、爽やかでいることです。(実はこれが一番難しいのですが・・・)
宇先生は本のなかで気の持ち方について書いておられます。
一部ですが・・・

過去の結果が現在、未来の原因が現在。今を大切に、現在が大事。
一瞬、一瞬を光明思想で明るく、笑顔で、優しい言葉で、礼儀正しく謙虚で、思いやりを。
とらわれず、かたよらず、怒らず、いどまず、逆らわず、しゃべりすぎず、食べすぎず、考えすぎず、責めず、焦らず、卑下(ひげ)せず、大丈夫、大丈夫、良くなるんだ、良くなるんだ、と


私はこれを読んでいるだけでスッキリしてきます。
健康や病気については、また書いていきます。

病気とは?

宇宙(てん)からのエネルギーは頭のてっぺん{百会(びゃくえ)}から入って、身体の神経や血管を通って地(地球の中心)に向かって流れていきます。
樹齢何千年の大木は天地を貫いて見事にそびえ立っています。
植物も天に向かって伸び、花を咲かせます。
人も姿勢が良い人は健康だといわれています。
健康とはこの天地を流れる気(エネルギー)が滞ることなく流れ続けている状態をいいます。
病気とはまさしく気(エネルギー)が病(や)んだ状態をいうのです。
オーラは目には見えませんが、人が発しているエネルギーのことです。
特殊な機械でオーラをみることが出来るのですが、興味本位に撮ったり、占いと同じようにあまり信じ込まないほうがいいと思います。
といいますのは、人は目に見えるものを信じる傾向があります。
分析する人が結果だけを言わずにどうすればいいのか、本当のことが判っている人でないと不安になるだけです。   
つづく

2006年12月 2日 (土)

光り輝く

人は光り輝いている人が好きです。
なぜかというとその光りの影響を受けて温かく、安心した気持ちになれるからです。
観光地(かんこうち)に行くことは光りを観(み)に行くという意味だそうです。
なんとなくあの場所に行けば落ち着く、楽しくなるというのはその場所が光っているのですね。

わざわざ観光地に行かなくても自分がその存在になれば、人を癒せたり自分自身も癒せます。
もし、寂(さび)れかけている観光地があって、輝いている人がそこに行けば、人を呼ぶことが出来ます。(勿論、それだけではダメですが・・・)

○○さんが店に来られるときはなぜか店はお客さんでいっぱいになる。
そのようなことを言われたことありませんか?
それは、あなたが光り輝いているからなんですね。

漢字

最近、つくづく感心するのは漢字はほんとに素晴らしいなあ、よく出来ているなあということです。
同じみるでも目にみえるものは見る、心でみえるものを観るという意味だそうです。
他にもいうは言う、云うの使い分け、おもうは思う、想う、わかるも分かる、判るで伝わりかたが違ってきます。
どれにすればいいのかわからない?ときはひらがなを使うようにしていますが、もっときちんと日本語、漢字の勉強をしないとダメだと実感しています。

昨日の夕刊に俳優の児玉 清さんが、最近漢字を使わずに意味もなくひらがなを使っている判りづらい、誤解を招くとありました。

タクシーに乗ったら、広告パンンフレットに《よんでください》と大書きされた文字が飛び込んできた。
頭のなかに二つの文章が飛び交った。
読んでくださいなのか、それともタクシー会社の宣伝で呼んでくださいなのか。
あと九州で車に乗っているとき《交通安全都市はかたへ》の横断幕を《都市は肩へ》と読んでしまった。
ややあって、それが《都市博多へ》であることに気づいたとき
僕は思わず独り言(ご)ちた。
なぜ《漢字でかかないんだ》と。

そうですよね。日本語、漢字は正しく、わかりやすく使いましょう。

人は輝いている

あの人は光っている、輝いているという言い方をすることがあります。
目にはみえないけれどもそう感じるのですね。
見えないからといってないかというとそうではなく、空気は確かにあるけど見えません。
動物は人の発しているエネルギー(オーラ)がみえて、判るそうです。
ですから、犬は自分の飼い主が機嫌が良いのか悪いのか判断して近づいたり、避けたりするのです。
これを第六感といいます。
人間もこの六感を備えているのですが、目に見えるものしか信じなくなってから段々と鈍(にぶ)ってきたそうです。
五感とは、みる、きく、かぐ、あじわう、ふれるの五つの感覚をいいます。
肉体でわかる感覚です。
この肉体でわかる感覚の奥に本当の自分がいて、本当
の世界があるのです。
目に見えるものは、目に観えないものの影である。
最初に観えない本当の世界があって、後から影として見える3次元の世界が出来てくるのです。
仏教ではこの世のことを現世(うつしよ)といいます。
ですから目にみえないエネルギーを整えることがとても大事なことなのです。
整うと本心が現れて、光り、輝いてきます。
整えるにはどうしたらいいか?それは五感に囚われず、本当の自分、本当の世界とつながることです。
ならば、つながるにはどうしたらいいか?
それには、まず自分がつながりたいと求めることだと思います。(勿論、つながりたい人だけですが)
求めれば必ず与えられます。
言葉や文章で伝えることには限界があります。
そして誤解を生むこともあります。
でも、なんとか私の出来る範囲で今までにわかったことを楽しく、わかりやすくお伝えしていこうと思っています。

2006年12月 1日 (金)

一人旅

私がレッスンさせていただいている人が新婚旅行から帰って来られました。
沖縄の石垣島に行ってきたそうです。
感想を聞くと海がきれいだったことと、今度は一人で行きたいと言っておられました。
私は「そーですよね。旅はやっぱり一人でするものですよね。」と思わず同意していました。
なぜ一人が良いかというと、人に気を使わず自分のペースで行動できるからです。
そして、自分とゆっくり対話できる。
私のささやか夢は2、3日休みが取れたら、JRの駅から行き先や目的地を決めずに、とにかく汽車に乗って、身を任せて
、ただひたすら乗り続けることです。
お腹がすいたら駅弁をたべながら、また外の景色をぼんやりと眺める。
気が向いたら電車を降りて駅の近くのビジネスホテルにでも泊まる。
そして、その地域の温泉につかったり、美味しいものを食べる。
次の日も何も決めずにまた汽車に乗る。
気の済むまでやってみたいのですが、そうもいきませんよね。

旅に限らず私は一人になるのが好きで独房であろうと無人島であろうと全く平気です。
一人が一番落ち着くし、寂しいと思ったことがないのです。


真理のことが書いてある本に人間は生まれてくるときも死ぬときも一人で生まれて一人で死んでいくとあったのですが、一つの星が他の星と一定の距離を保ちつつ、調和しながら輝いているのをみるとほんとうにきれいです。
人も一人で輝く方が美しいのではないかと思います。
妻は孤独が好きなの?と聞きますが、そうではなく、自分のことが好きなのです。
自分のことを本当に愛せないと人のことも愛せない。
自分を愛し、人を愛す、自分を赦し(ゆるし)、人を赦す。
真理の書にそう書いてありました。

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