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2006年11月20日 (月)

「木鶏(もっけい)」双葉山の心

戦前、不動心を相撲に現した大横綱がいました。
そして時代は変わり、今年の甲子園夏の大会で早稲田実業のエース斎藤投手はピンチに動じず冷静に淡々と投げつづけた姿が人々の感動を呼びました。
人は冷静になると肉体が霊化されてきます。
潜在的にある本来の力が、霊力が出てくるのです。
私は、この霊力と精神力は共通したものだと思います。

昭和十四年の一月場所四日目。安芸ノ海に敗れ、横綱双葉山の連勝はついに69で途絶えた。ほどなく、外遊で航海の途のあった心の師、安岡正篤氏に電報を打っている。「イマダ モッケイタリエズ フタバ」モッケイとは、中国の「荘子」や「列子」の寓話(ぐうわ)に出てくる木鶏のこと。かつて安岡氏から聞いた話として、双葉山は「修行中の私の魂につよく印象づけられた」と自署「相撲求道録」に記している。闘鶏使いの名人が王に頼まれ、鶏を育て始める。十日が過ぎ、「もう使えるか」と催促されると、「空威張りの最中で駄目です」。その十日後は「敵に興奮します」、さらに十日たっても「敵を見下します」。それから十日、ようやく完成の域に達したと告げる。「どうにかよろしい。いかなる敵にも無心です。ちょっとみると、木鶏のようです。徳が充実しました」
双葉山は木鶏を究極の姿に置き、敗れて道半ばの己を自覚したようだ。前年の中国北部への巡業中にアメーバ赤痢にかかり、体が衰弱していたのだが、そんなことは枝葉にすぎないといわんばかりの回想である。

以前この文章を読んだときは、ただただ、不動心へのあこがれでした。
今回読んでみると双葉山の職業は相撲を取ることだったことに気がつきました。
相撲に限らず仕事に打ち込んでいるプロの人はこのように精神が統一されて思わぬ力(本来の)が出てくるのでしょう。
宇先生は昨日のセミナーで注意すること、集中すること、目的意識を持つことが大事だとおっしゃいました。なにかこの話と通ずるものを感じます。

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