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2006年11月29日 (水)

グッドムーンとは?

あるハーモニー(気功の生徒さん)の人から
「グッドムーンの名前の由来は秘密にしときますってブログにあったけど簡単にわかりましたよ」 (10月1日ブログ参照)
と言われ、そろそろ潮時かなあと覚悟を決めました。(おおげさでしょ)
じゃじゃーん発表します。
私の名前は朗(あきら)といい朗(ほがらか)明朗(めいろう)など自分でいうのもなんですが、大好きな名前です。
以前レッスンで宇先生から「あなたは月(つき)が良いのです」といって戴き、ますます好きになっていました。
ブログの名前を考えたとき不思議なことにグッドムーンが心に浮かんできたのです。
グッドムーンは宇先生に付けて戴いたと思っています。
これからも宜しくお願いします。

親ってやつは、つくづくなさけない奴だと思います。
他人の子だったら「大丈夫ですよ」とか「時間が解決してくれますよ」とか言えるしその通りだと思えるのですが、自分の子(そう思うことがそもそも間違いなのですが)となると色々、気になります。
人のことは客観視できるのが、自分や家族のことは執着(しゅうちゃく)があるので難しいのです。
でも以前に比べたらずっと早く切り替えができるようになりました。
子どもは神様からお預かりしたもので、自立したときに世の中にお返しするものだと。

だから自分の子、自分のものではないのです。
ある本に親とは木の上に立って見る、つまり子どもを客観視できるのが親だと書いていました。
ほんとその通りだと思います。

宇宙は無限の愛にあふれています。
宇宙からはプラスのエネルギーが降り注いできます。
宇宙の波動に合わせると安心したり、幸せな気持ちになってきます。
宇宙はすべてのものを私たちに無償で与えてくれます。
昔の人は宇宙の神秘を神と呼びました。
神は愛であり、愛は神である。
かー
、みー のばすと神はになります。

ことばって不思議ですね。 

気とは

天気、元気、勇気、陽気、気象、気性、、気づき、気がする、気持ち、気丈、電気、気配、気さく、気配り、etc・・・私たちは毎日、気に関わって生きています。
気は人の状態や様子を表し、又エネルギーを表します。
宇先生は新しい本のなかで気功とは何か?とのインタビューでこう答えておられます。

幽気、霊気、神気の気の働きである。
日本語の「気を付けては」は英語で「Good bye」=「God by you」であり、スペイン語で「Adio's」の dio's は神の意味である。「気」とは神の意味である。


つまり、気とはエネルギーであり、神(宇宙を創造、すべての根源)である。
神というと判らなくなりますが、私は、私たち人間や宇宙、星、気象、自然すべてのものを創っている根源だと理解しています。
気(エネルギー)は天から人間の肉体に入ってきて身体に流れます。
神経とは神のみち(経)という意味だそうです。
漢字をつくったひと?はこのことを識(し)っていたのですね。
大事なことは目に観えない気を整えることで目に見えることが整ってくるのです。
この気を整えることが大切です。
私の気功の先生である宇先生が素晴らしい本を出されました。
調和波動気功のことがわかりやすく書かれています。
紀伊国屋書店、ジュンク堂、その他の書店で発売されています。


無限なる癒し宇宙からの贈り物 メソッド&メッセージ 
                          宇 寿明 星湖舎

2006年11月28日 (火)

身体がやわらかい人は若い

年を重ねていくと身体が硬くなっていきます。
赤ちゃんや若い人は身体が柔らかくて水々しい肌をしています。
硬くなるとは頑な(かたくな)になるといって頑固(がんこ)になります。
お年寄りが総じて頭がかたい、頑固だといわれるのは身体が硬くなっているからです。身体をリラックスさせてほぐれてくれば話が通じやすくなります。
心も一緒にほぐれてくるからです。
身体がやわらかいと血管も柔らかくなり、血液の循環も良くなって(川の流れのように)病気になりにくい状態になります。
身体がスッキリしてくると直感力が冴えてくる。
あのイチロー選手は暇さえあればストレッチをして身体をほぐしています。
だからあんな素晴らしいプレーが出来るのです。
気功は身体をリラックスさせ呼吸法を行うことによって自分のエネルギーを整えるものです。
気はエネルギー功は働きです。
興味のある方は健康になる気功教室のHPを見てみてください。
スッキリさわやかになりますよ。
ちなみに私も講師をしています。

健康になる気功教室 (オリエンタルウインド)   http://orientalwind.info/blog/

2006年11月26日 (日)

自転車

ついこの間、ギターに助けられてから息子は、今度も自転車に乗っていてまた事故を起こしました。
友達の家に泊まりに行って自宅に帰る途中、自転車でスピードをだしていて向こうから来る相手の自転車を避けられず、急にハンドルを切ったところブレーキもきかなくてそのまま鉄柱に激突したそうです。
朝まで友達と話していてほとんど寝ていなかったそうです。
寝不足で集中力がなくなっていた起こるべきして起こった事故でした。
鉄柱にぶつかった時に右手と肩を強打し、骨に異常はなかったもののかなり痛かったようです。
帰ってきて寝ていましたが、時間が経って痛みもひいてきたので大丈夫だろうと判断しました。
ギターの時のように身代わりになってくれた自転車は悲惨な状態だそうです。
それにしても
目標に向かって集中しないといけない大事な時期に最近落ち着きのないことばかりしています。
もしこれがバイクの事故だったら・・・これくらいで済んでよかったと思いました。
「自分がどんな状態の時に事故が起こるか判ったか?バイクだったら死んでたよ」と言うと黙ってうなづいていました。
私はもうこれ以上いう必要はないと思ったので、一緒に自転車を取りに行くことにしました。
コンビニに置かれていた自転車は修理して使えるとは思えなかったのですが、一応自転車屋さんにみてもらおうと車に乗せました。
「修理出来ないにしても今までお世話になった自転車を見捨てるようなことはやめような」といってもっていき、みてもらうと「車にぶつかったのですか?かなり強く当たってますね」とびっくりされていました。
車との事故のような壊れかただったそうです。
やはり修理は無理でした。
廃棄するのに500円かかるといわれ、お願いすることにしました。
私は今回の事故は息子にとってよい経験だったと心から思えました。
今、経験していることは全て無駄なものなどなく、自分にとって大切なことをを学ぶために起きていることです。
それも大難が小難にしていただきました。
そして、息子と心で対話することが出来て、感謝で受けとめることができました。

2006年11月25日 (土)

お金について

私は、お金に関するたくさんの本を読んできました。
そのなかで今も鮮明に覚えていて、心に残っている本のなかの話がありますのでご紹介します。


二人の姉妹がいました。
姉はいつもお金持ちである父親のいうことに一切逆らわず父親のお気に入りでした。
そして父親は姉の欲しがるものはなんでも買い与えていました。
一方、妹はお金の力にものをいわせて何事も強制する父親に反発していました。
「おまえは私の言うことをきかないので一切援助しない、自分のことは自分でしろ」と突き放したのです。
姉は父親のいいなりになって結婚の相手も父の望む人としました。
夫になった人も父親に対してイエスマンでした。
夫は最初は別の会社にいましたが、働かなくなり辞めて義父の会社に入れてもらいました。
いきなり管理職になってたくさんの給料をもらいました。
姉夫婦は贅沢三昧をして、それでもお金がなくなると父親にお金の無心をしました。
孫たちも祖父にお小遣いをねだり家族全員が自立出来ないでいました。
そのうち父親が亡くなり、夫が社長になった会社はしばらくしてつぶれてしまいました。
妹は経済的に苦しい時期もありましたが、父親に頼れないので自立心が養われ、堅実な男にめぐり合って夫と小さいながらも会社を立ち上げました。
そして、経済的にも裕福になりました。
妹は路頭に迷う姉夫婦には同情しませんでしたが、子供達には罪はないと学校に行かすための学費を貯金しています。     
となりの億万長者 トマス・J・スタンリー、ウィリアム・Dダンゴ 早川書房

確かこういう内容だったと思います。
私はお金や物を簡単に与えることがいかに人をダメにするかをこの本から学び、教訓として必要以上のお金を子どもに与えないようにしてきました。
それでも私の両親と妻の両親から臨時収入が入ることがありました。
特に私の親は近くに住んでいて会う度に小遣いを与えたがりました。
私はこの話をして小遣いを渡さないように説得しました。
その時は理解してくれましたが、時間がたつとまたあげたくなるようです。
親の気持ちを考えるとそう強くもいえません。
最近はシックスポッケットといって両親、両方の祖母の6人からお金がもらえて小金持ちの子どもがいるそうです。
本当に自立出来ていないのは子どもではなく大人のほうかも知れませんね。

2006年11月24日 (金)

注意すること集中すること

最近、約束の時間を間違えたり、自分で勝手に解釈して違っていたことが多々あります。仕事でもミスをする時は集中力以前に、注意力が足らなかった時に起こるようです。
注意とは起こりそうな出来事を色んなケースを想定して対処できるように準備をしたり(車の運転とか)、自分の行動や言動が間違っていないかをチェックすることのように思います。
それが出来ていないと安心して集中できません。
注意を邪魔するのは思い込みです。
確かな確証がないのにたぶん、おそらく、だろう・・・でやってしまう、大切な一瞬、一瞬をいちかばちかで賭けて、例え結果が吉と出てもその間はひやひやして無駄なエネルギーを使ってしまいます。
そして人に迷惑をかけてしまいます。
人間だからミスをしてもしょうがないとか他の人もミスをしているからと考えるのは、危険です。
充分注意していれば、ほとんどが事前に防げることだと思います。
人の命を預かって手術をするお医者さんの注意力と集中力は普通の人とは、雲泥の差だそうです。
失敗したが許されないのですから厳しいですよね。
これからは、注意することを意識していきたいと思っています


ちょっとでもあやしいと思えばすぐ確認
判らなければ何回でも聴く
自分の頭を信用するな
充分注意してからでないと集中はできない

2006年11月22日 (水)

うれしかったこと

ブログを始めて2ヶ月近くになりました。
始めた頃は何を書こうかと悩んでいましたが最近、やっと何も考えずに自然に書けるようになりました。
だけど当初の目的であった人との心の交流はあまり感じられず、少しむなしさを感じていました。(考えが甘いです。反省)
そして人は関係ない、自分をさらけだすこと、自分を客観視するために書いているのだと自分に言い聞かせていました。
そんな心境でいた11月19日の水の会でハーモニーの方が私のブログを楽しみに読んでくださっていると言ってくださいました。
その時私の心は熱くなってあまりのうれしさに感動しました。
期待しない、外に何も求めてはいけないと分かってはいてもうれしいものはうれしいです。
子どものように素直によろこんでいる私がいました。
そしてこれからもずっと続けようと勇気が湧いてきました。
めげかけた時に助けていただきました。
○○さんありがとうございました。

ギター2

ギターが息子の身代わりになってくれてから、息子は新しいギターをねだってきました。
本人の責任でもなく、お小遣いで買わすには負担が大きいので、かわいそうにも思いました。
でも、音楽祭で使用した後は来年数回使う程度で、また買うにはもったいないので、気持ちはわかるけどなあーとこちらもどうしたものかと思案していました。
あれから息子はギターにシールを貼ってごまかしながら弾いています。
「お父さんシールを貼ってもヒビの亀裂が広がってきたよ」と言いながらも買ってほしいとねだってはきません。
息子よ頑張れ!ここで我慢したら、自分でなんとか出来たらおまえはまた大きくなれる。と思いながら最近成長した息子をみています。

働くとは天職とは?

仕事に対して不平、不満のある時は自分が我がままになっている時です。人が自分をわかってくれない、誤解している、差別、えこひいきされている、自分だけ仕事の量が多い、給料が安い、仕事が面白くない、上司、部下に腹の立つ人がいる等、そこには自分、自分、自分とつねに自分の存在があります。この自分が曲者(くせもの)です。私は仕事への不満の原因が会社や人にあると思っていました。だからいつもなんらかのストレスを持っていました。気持ちの上で解決しようと心理の本や、人間関係に関するたくさんの本を読みました。けれどどれも本当の答えはありませんでした。その時に分かったように思えても、今まで自分が経験したことよりも、もっと厳しい状況になるとまた怒りがこみ上げてくるのです。なにか根本的に違っているなと思った時にやっと答えが見つかりました。

天職とは何でしょう。その前に、まず職を得るとは、どういうことでしょうか。人に雇われて働くということですから、まず自由が束縛されます。好きな時にデートすることも出来ません。人から命令されて動かされ、自由に時間を使うことが許されません。時間が制限されるばかりではありません。いやな人とも付き合わなければならなくなります。いやな上司とも、適当にうまくやっていかなければなりません。ですから働くということは、自分の思ったとおりに好きなことが出来ないし、対人関係からも逃れられません。働くということはまずそこから始まるものなのです。真に働くということが判らなければ、自分にふさわしい職を求めようとしても、見つからないものなのです。・・・天職とは、人のために貢献することです。自分の命を、自分の働きを、自分のすべてを人類のために生かすのです。そのために利己的な生き方、わがままな生き方、自分を通そうとする生き方を限りなく滅していくのです。それが天職です。キリスト教でも、ミッションを与えられる時に、「お前はアフリカで伝道してこい」 「いいえ、アフリカはいやです。アメリカがいいです。芸術もあるし、文化もあるし」と言ったのでは、これはミッションではありません。「行け」と言われれば、どこであろうと人々を救うために一生を捧げて働くのです。本当に人のためになることは幸せとなり、喜びとなります。本当の天職というのは、人のために役立つことです。そうすれば、自分が人から必要とされるようになります。ですから、主婦も立派な天職です。普通のサラリーマンも立派な天職です。相手と調和して、互いの長所を導き出して、昇華していく。毎日、毎月、毎年、立派になっていく。自分のことはあとまわしにして相手のために生きてこそ、最後に天職に到達できるのです。初めから努力や忍耐をいとい、時間を奪われたり人から命令されたりすることを拒んで、天職を探すとか、自分に適した職業に就こうというのは、まったくナンセンスです。
人生はよくなる━もうひとつの生き方 西園寺昌美 白光出版

非常に厳しい文章ですがこの文を読んでいるとこれまで判らなかったことの痞え(つかえ)が取れてスッキリしてきました。今までの仕事、働くことへの認識が間違っていた。そう思いました。

2006年11月21日 (火)

おいしいクッキー

ある町でとてもおいしいクッキーをつくっている老夫婦がいました。
その町は昔は人がたくさんいてお店もたいそう繁盛していました。
ところが若い人たちが別の町に仕事を求めて出て行ってしまったので町は人口も減ってお年寄りが多くなってしまいました。
お年寄りは歯が弱いので硬いクッキーは負担がかかります。
そしてクッキーは売れ残る日が多くなっていきました。
お父さんはがっかりして元気がなくなっていきます、お母さんもどうすればいいのか判りません。
しばらくして町を出ていた息子さんが久しぶりに帰ってきてびっくりしました。
「こんなにおいしいクッキーなのに!」小さい頃から息子はお父さんの焼くクッキーが大好きでした。
自分はこのクッキーのおかげで学校へもいくことが出来たし、家族が生活して来れたのです。
息子はクッキーが売れる方法を考えました。
自分も仕事を持っているので協力するのには限界があります。
そして息子はある方法を思いつきました。「お父さん、お母さん3ヶ月だけ待ってて、その間になんとかするから」
それから息子は仕事のあいまにパソコンの勉強を始めました。
そして3ヶ月後、お店のホームページを立ち上げました。
素人の作ったHPなので完璧ではありませんが、愛のこもった美味しそうなクッキーが画面から伝わってきます。
しばらくはアクセスがありませんでしたが、少しずつ注文が入るようになりました。息子はお母さんに簡単なパソコンの操作を教えました。
「お父さん、お父さん、今日は北海道の人から注文が入ったよ」というとお父さんはまだちゃんと把握していないのですが、自分の作ったクッキーが遠くの人に食べてもらえると想うとうれしくてしょうがありません。
発送が忙しくなったので、やめてもらっていたパートの人も戻ってきました。
近所の商売をしている人は急に繁盛しだしたお店に興味しんしんです。
息子は近所の人たちにもパソコンの話をしてあげました。
そしてこの町は再び活気を取り戻していったのです。


この話は私が作ったのですが、今、このクッキーのお店のようなことがたくさんあります。まだ漠然とはしていますが、パソコンを習得できたら困っている人にアドバイスできるかも知れない、お役に立てれるかもしれない。そんな空想をしながら勉強しています。

2006年11月20日 (月)

我が家の決まりごと

我が家庭は基本的に自由です。
お互いに好きなことをしてあまり干渉しません。
特に息子は強制されることを最も嫌い、自分が納得したことでないと言う事を聞きません。
そもそも自分の家族だから言うことをきかそうなんて傲慢ですよね。
ただ家族であってもお金のことはきっちりしようとそれだけは実行しています。
例えば今回息子は東京へ行きましたが新幹線、大学までの電車賃、お昼代等、すべて紙に書いてお釣りを添えて提出させます。
そして、お金の貸し借りも紙に内容を書いて相手に渡します。
めんどくさがってしなければするまでしつこく「お金のことはちゃんとしような」と繰り返しいいます。

私は今まで、お金にルーズなために人生をダメにした人をいやというほどみてきました。人柄が素晴らしい人、大好きだった人もお金にだらしないために信用を失ってしまいました。
お金にルーズな人はお金だけでなく信用と友達を無くします。
私は原因のほとんどは親の子に対するお金の教育の仕方が間違っていたと思います。
欲しがるものでも、買い与えてもいいものか?自分のお小遣いの範囲で買わすのか?買ってやるべきでない物なのか?見極めをキチンとしないとお金に対する感覚が必ず狂ってきます。
お金は銭勘定でイコール感情です。お金がコントロール出来なければ感情も制御できません。

反対に感情をコントロールできない人はお金もコントロールできない。
人間のトラブルの原因がほとんどお金にまつわることからもこのことが言えます。
だからうるさがられても嫌われても言いつづけています。
他は特に話し合いもしませんし、決まりごともありません。
それだけで良いのかは分かりませんが、そのことはとても大事なことだと思っています。

「木鶏(もっけい)」双葉山の心

戦前、不動心を相撲に現した大横綱がいました。
そして時代は変わり、今年の甲子園夏の大会で早稲田実業のエース斎藤投手はピンチに動じず冷静に淡々と投げつづけた姿が人々の感動を呼びました。
人は冷静になると肉体が霊化されてきます。
潜在的にある本来の力が、霊力が出てくるのです。
私は、この霊力と精神力は共通したものだと思います。

昭和十四年の一月場所四日目。安芸ノ海に敗れ、横綱双葉山の連勝はついに69で途絶えた。ほどなく、外遊で航海の途のあった心の師、安岡正篤氏に電報を打っている。「イマダ モッケイタリエズ フタバ」モッケイとは、中国の「荘子」や「列子」の寓話(ぐうわ)に出てくる木鶏のこと。かつて安岡氏から聞いた話として、双葉山は「修行中の私の魂につよく印象づけられた」と自署「相撲求道録」に記している。闘鶏使いの名人が王に頼まれ、鶏を育て始める。十日が過ぎ、「もう使えるか」と催促されると、「空威張りの最中で駄目です」。その十日後は「敵に興奮します」、さらに十日たっても「敵を見下します」。それから十日、ようやく完成の域に達したと告げる。「どうにかよろしい。いかなる敵にも無心です。ちょっとみると、木鶏のようです。徳が充実しました」
双葉山は木鶏を究極の姿に置き、敗れて道半ばの己を自覚したようだ。前年の中国北部への巡業中にアメーバ赤痢にかかり、体が衰弱していたのだが、そんなことは枝葉にすぎないといわんばかりの回想である。

以前この文章を読んだときは、ただただ、不動心へのあこがれでした。
今回読んでみると双葉山の職業は相撲を取ることだったことに気がつきました。
相撲に限らず仕事に打ち込んでいるプロの人はこのように精神が統一されて思わぬ力(本来の)が出てくるのでしょう。
宇先生は昨日のセミナーで注意すること、集中すること、目的意識を持つことが大事だとおっしゃいました。なにかこの話と通ずるものを感じます。

2006年11月18日 (土)

そして息子は東京へ行った・・・

ひとり息子で少し過保護に育ててしまった息子はどこへ行くにも人の後をくっ付いてまわっていました。
今も方向音痴で道がなかなか覚えられません。
未だに一人で電車に乗って出かけたり、行動した経験がないのです。
今回、東京の大学のオープンキャンパスに一人で行くと言ってきた時、思いつきだろうから、たぶん立ち消えになるだろうと私も妻も思っていました。
ところが、2、3日前に「絶対にいくからね」と断言してきました。
私は大学へ行く目的を明確にすることの大切さを話したところだったので目的を尋ねました。
「学生の人に直接話しを聞いてみたい」なんだかはっきり分かりませんでしたが、自分で何かをつかもう、行けば何かが見えてくるかも知れないという気持ちが伝わってきましたのでOKを出しました。
東京まで行って何かを見つけることも大事だろうけど、私は息子が自分で自立しようとしているのが嬉しく、一人旅を経験させるつもりで送り出しました。
高校生にもなれば当たり前なことでしょうが、息子には大きな冒険です。
本人がその気になったとき芽を摘むことだけはやめようねと夫婦で話し合いました。
さあ、どんな顔をして帰ってくるのか、あまり期待せずに待っていようと思います。

自己限定しない

無理、不可能、理解できない、日常生活のなかで頭から否定してあきらめてしまうことがなんと多いことか。
人の本当の力はとてつもなく偉大で素晴らしいのに・・・自分を枠にはめてがんじがらめにすることは自分自身に対して失礼です。
自分を否定することは、人を否定するのと同じこと。
絶対無理を絶対だいじょうぶに変えましょう。
同じエネルギー(想う)を使っても結果は全く逆になります。
エネルギーの無駄遣いはやめましょう。

2006年11月17日 (金)

無為を為し

老子のことばのなかで無為を為しがあります。無為に生きることが人間にとってどれだけ大切なことか、潜在意識の奥の自分は誰でもこんな生き方をしたがっています。無為を為しが判りやすく解説している文章です。

無為とは一言にして申しますと、為にしない、ということなのです。何をしよう、かにをしよう、というように、肉体人間の頭脳でとやかく想いめぐらさないことが無為なのです。そう致しますと、無為を為すとは一体どんなことをするのかという疑問が当然起こってまいります。頭脳で考えないで一体なにができるのであろう、普通の人はこう考えるのが当たり前であります。
ここが凡夫と聖者との違いであり、道に乗った人と外れている人との相違なのであります。凡夫は当然のように、この肉体をもった人間を」唯一無二の人間と想っています。
しかし聖人は、人間とは生命そのものであって、肉体は一つの生命の道具であり、生命の現れる一つの場所であることを知っています。それは頭で知っているのではなく、事実として承知しているのです。そして自己という一つの生命の流れは、奥深いところから、浅い狭いところまで、無限の段階において働きつづけていることも知っているのであります。ですから、浅い狭い肉体頭脳という場所だけを駆け巡っているような想念や知識をいくら振りまわしていても、大宇宙の法則に乗り切ることはできない。大宇宙の法則に乗って生きてゆかなければ、この狭い肉体世界での生き方さえ正しく行じてはゆけない。と自らの体験で昔からの聖者たちは知っていたのです。そこで、老子は無為と説き、釈尊(お釈迦様)は空(くう)と説き、イエスは神のみ心のごとく、といって全托と説いていたのであります。無為を為し、空になり、全托の境地になりますと、肉体頭脳と奥深い大宇宙の根源の心、つまり宇宙のみ心が一つにすっきりとつながりまして、宇宙の智慧や能力が、そのまま肉体頭脳の智慧能力となってまいりまして、超越的な力を発揮してくるのです。聖人とか達人とかいう人たちは、皆こうした超越能力をもっていたのであります。それ程にならぬとも、人間が真剣に物事にぶつかった時には、瞬間的に想念が統一して、日頃は出もしない力がでてきたり、超越した能力がでたりしてくるのです。これも無為や空の境地に瞬間だけでもなったことになります。地球人間がいつまでも宇宙の法則に乗らずにいたら、いつかは滅び去ってしまいます。ですから、出来るも出来ぬもない、絶対に宇宙法則に乗らねばならぬ時がくるのです。その為に古来から各聖者が肉体頭脳の小智才覚に溺れずに、奥深い神のみ心に波長を合わせろと説きつづけていたのであります


つい長い文章になってしまいましたが、省略する部分が全くない内容です。宗教ができる前の基の説明がありました。進化した星の人類は皆、無為の生き方をしています。

老子講義 五井昌久 白光出版

2006年11月16日 (木)

ギター

息子はあい変らず勉強へのエンジンはかかりませんが、学校の音楽祭に向けてギターの練習に励んでいました。
昨日、家に帰ってきて朝の出来事をはなし始めました。
なんでも自転車で通学中、猛スピードで急に相手の自転車がぶつかってきて、息子は背中から地面に落ちたそうです。
普通その状況だったら大けがになっていたところが、息子は背中にギターをしょっていたのでその衝撃を和らげてくれました。
学校に着いてギターにヒビが入っているのに気づき、ショックでその日は、ボーと過ごしたそうです。
残念ながらギターは音が変わってしまい使えなくなりました。
弾き始めてようやく手になじんできて愛着があったようです。
「ギターが身代わりになっておまえの身体を守ってくれたんやね」というと「そうだね」とうなずいていました。
神秘的な話は一切受け付けなかったはずなのに少しびっくりしました。
私が「ギターさんに感謝やね」というと「ありがとうございます」とギターに手を合わせていました。
大難(だいなん)が小難(しょうなん)になって良かったとギターに感謝し、息子の素直さに「いいやつやなあー」と感心しました。
ギターは捨てずに部屋に飾っておくそうです。

2006年11月15日 (水)

83 他人のせいにしない

不満をいう悪癖とおなじように、他人━もっとも愛する人々もふくめて━を責める習慣はいとも簡単に身についてしまいます。だれそれの食べ方が気に入らない、彼女の話し方がよくないといって、わたしたちは非難をします。いちばんささいな点に焦点をあてて、いちばん小さな問題の欠点を見つけるのです。でも、焦点をあてるものは成長します。だれかのささいな欠点に焦点をあてつづけていると、それはわたしたちの心のなかで成長し、やがてその人の大きな問題ということになってしまうのです。全員があなたとそっくりで、まったくおなじ行動をとり、おなじ考えをもっている。ほんとうにそんな世界に住みたいですか?もっとしあわせで穏やかな人生を送るためには、わたしたちの社会の豊かさはその多様性がもたらしている、ということをわかってください。人間関係、コミュニティ、国々をすばらしいものにしているのは、わたしたちが共有しているものではなく、わたしたちをユニークな存在にしている相違なのです。まわりの人びとのあら探しをするのではなく、相違を尊重してみてはいかがですか?わたしたちはしばしば、自分自身のなかで探さなければならない欠点を、他人のなかに見てしまいます。非難したり責めたりするのはやめましょう。あるがままの姿を受け入れて、他人を変えようとする前に、自分自身を変える決心をしてください。それは、強固な意志を測るものさしのひとつなのです。小説家のエリカ・ジョングは、こういっています。「自分の人生は自分で責任をとりなさい。すると、どうなるか?恐ろしいことに、だれのせいにもできなくなります」

3週間続ければ一生が変わる(あなたを変える101の英知) 
ロビン・シャーマ 海竜社

歯の健康法

年配の方とお話をしていて必ずといっていいほど出てくるのが歯の話題です。
皆さんご自分の歯を保っている人は少なく、入れ歯であったり、治療をされています。
「歯は大事だよ」、「自分の歯で食べ物を食べれるのがどれだけ幸せか」、「この年になってもっと歯を大事にしておけばよかったと思う」とよくおっしゃいます。
私も久しぶりに歯医者さんに行って歯垢を取ってもらい、レントゲンを撮ると歯茎(はぐき)が中度以上後退していて歯槽膿漏の手前だと言われました。
そして、予防法は食事の後に歯を磨くことと言われました。
しばらくして気功のセミナーで同席させて頂いた方とお話しする機会があり、良いことを教えて頂きました。
その方は60歳を過ぎた女性ですが若々しく、とてもそのお年には見えません。
そして歯がきれいで、伺うと治療した歯が一本もなく、健康そのものだそうです。
秘訣はやわらかい(柔らかければ柔らかいほど良い)歯ブラシで何も付けずブラッシングするのだそうです。
聞いた時に直感で「これはいい」と感じ今、励行しています。
ブラッシングしていると血行が良くなって歯茎が生き生きしてくるようです。
柔らかいブラシなので歯茎を傷めることもありません。
そのうち歯茎の肉が盛り上がってくるような予感がします。
歯が気になる方は一度試してみられたら?
なお、柔らかい歯ブラシを売っているところが少ないので根気よく探してみてください。

2006年11月14日 (火)

塾は簡単に行かせてはダメ

自分でいうのも変ですが普通の一般的な親と私は、少し違うようです。
息子は小学生の頃から自分から塾に行きたい塾に行きたいと言っていました。
行きたいという理由を尋ねると「周りの友達はみんな行っている。自分も行かなければ不安だ」と言いました。
私は「そんなのは理由にはならない、勉強は自分でするのであって教えてもらうのではない」と中学生になってからも塾に行かせませんでした。
学校はゆとり教育のあおりを受けて逆に塾を勧めます。
息子はとうとう英語が判らなくなってどうしても行きたいと中学2年の終わり頃に泣きついてきました。
「行く目的は何?それがハッキリしないうちはダメ」と突きかえすと「自分は好きな野球を3年の最後までやりたい、勉強もちゃんとしたい、だけどこのままだったら両立出来ない、塾に行けば効率よく教えてくれる、だから行きたい」という内容でした。
私は納得出来たのでその時から行かせました。息子は喜んで行っていました。
昨日、息子にその時の話をして「塾へ行ったタイミングはばっちりだったね」というと「あの時はお父さんを納得させようとして考えて言ったんだよ」と憎まれ口を言っていましたが、今も大学受験を控えて簡単に「塾へ行きたい」と言ってきません。
自分でやれるところまでして後のどうしようもないところだけ利用しようとしているようです。私はこれまでのやり方は間違ってなかったんだと思い、宇先生に以前「簡単に塾に行かせてはダメです」と教えていただいたことに改めて感謝しました。
もちろん、先生は息子のことをよくご存知だったからなので、すべての子どもに共通しているわけではないことを付け加えておきます。

とらわれ

私のメンターは「善いことにも、悪いことにもとらわれてはいけない」とおっしゃいました。
そもそもこのとらわれとは何なのか?
何か漠然としていますが、本で読んだなかに腑に落ちる文章がありました。たしかこんな内容だったと思います。

二人のある若い修行中のお坊さんが旅をしていて河にさしかかった時に若いきれいな女の人が河を渡れなくて立ち往生していました。一人のお坊さんは躊躇(ちゅうちょ)することなく女の人をおんぶしてその河を渡ったそうです。渡し終えてしばらくして、もう一人のお坊さんが「おまえは女性の身体に触れてはならぬという教えを破った、けしからん、寺に帰ったら言い付けてやる」と興奮しながら言いました。このお坊さんはうらやまししくてしょうがなかったようです。すると背負ったお坊さんは笑いながら、「私はもうとっくに女性を背中から降ろしたがおまえさんはまだ背負っているのか?」と答えたそうです。

とらわれるとは善いことでも悪いことでもずっと心のなかに留めていて流れていない状態です。
心は常に川の流れのようでありたいですね。

マザーテレサは愛の反対は無関心だと言われた。
新聞のコラムでこの文を読んだ時思わすそうだよなあとうなずきました。
人は無視をされたときや存在感を否定されたときに自分の居場所を無くしてしまう。
友達が沢山いても、親や大人が近くにいてもみんな自分のことしか頭になくて人に対して無関心であればいないのと同じです。
親が子どもに関心があるのも子どもを中心としたものでなく、自分の関心を中心としたものであれば無関心と変わりがない。
「私はあなたを愛している」の私があればそれは自己愛であって本当の愛ではないそうです。
人は愛をより深く学ぶために生まれてきたのだそうです。
人と人とのふれあいのなかで無償の愛に出会えたときほど幸せを感じるときはありません。
それは自分というものが無くなってしまったときのような気がします。

2006年11月12日 (日)

バイク2

バイクに乗りたいと言っていた息子に、乗ってほしくないという自分とだめとハッキリいえない自分がいました。
タイミングよく私の勉強している調和波動気功のセミナーがありましたので「波動のことがわかればバイクに乗るのを考えてもいいよ」と少しずるい?誘い方をしました。
運よく時間が空いて一緒に参加することができました。
食事と皆さんのスピーチが終わり宇先生の講演が始まりました。
講演も終盤を迎え質問の時間になり、私は息子がバイクに乗りたがっていること、乗るときの心構えをアドバイスお願いします。とお聞きしました。
宇先生は息子にバイクに乗る目的は何ですか?と逆に質問されました。
息子はしどろもどろになって答えられず黙ってしまいました。
宇先生は知人の方で息子がバイクを欲しがったので誕生日に親がバイクをプレゼントしたこと、その日のうちに事故に逢って即死したこと、両親がひどく悲しんだことを話してくださいました。
そして息子に「どうしても乗りたかったら、死ぬことを覚悟して乗りなさい」とおっしゃいました。続けて、「バイクに乗っていたら自分だけでなく人の命を奪うことにもなる。そうしたら死んだ後もずっとそれを背負っていかなければならない、それだけの覚悟が必要です」と話され、息子は正気に戻ったような顔になり緊張していました。
会場はピリット、引き締まった空気に包まれました。
本来なら親である私が云うべきことを宇先生に云っていただいたことでありがたさと恥ずかしさが私のなかで交差していました。
このことは、息子一人に対してでなく、私自身に対することでもあり、心にズシリと響きました。
もう3週間も前のことですが今日やっと書くことが出来ました。
これを読まれた方が共感されて悲惨な事故を防ぐきっかけとなれば幸いです。
私たちは車を運転するのに対し、あまりにも無責任にハンドルを握っています。
たくさんのドライバーの人たちが大いなる自覚をすれば事故は激減するでしょう。
目的を持って行動すること、自覚することの大切さを学びました

正しいとは

漢字は真実を現しています。真理を識っている人が天の命ずるままに地上に書き写したのでしょう。
私たちが日々悩み続けることは何が正しくて何が間違っているかです。
多数決で決めるものでもなければ、偉い人?に判断してもらうものでもありません。
間違った判断をする時はたいがい、あーでもないこーでもないと頭の中を考えが駆け巡っている。迷いの状態です。
正しい判断は駆け巡っている(動いている)時には出来ません。
想いを沈めて不動心になった時に必要なことが、天(本心)から降りてきます。
漢字の一は天と地を現します。
正しいという字は一(天)に止まると書きます。

エネルギー

自分がいつも自分を客観視していることは現在(いま)この瞬間に、自分がどのようなエネルギーを発しているかです。
エネルギーは目には見えませんが、肉体の中から外に向かって波動として流れ出ています。オーラとも云います。
目には見えなくても周りの人は敏感にキャッチします。例えば何かを注意された時に言葉では「すいません、気をつけます」と言っていても心のなかで「うるさいなあーほっといてくれよ」と思っていたら相手には後者のエネルギーが伝わります。「あの人は口だけ、信用できない」と思われている人はエネルギーがにごっている状態です。
透明感があり爽やかなエネルギーにするためにはマイナスのエネルギー、言葉、出来事(すべてどう受け止めるかですが)を貯めこまずに流し続けることが大切です。
そして宇宙から常に素晴らしいプラスのエネルギーを戴いていく。
私は調和波動気功で気功の勉強をしています。気とはエネルギー、功は働きです。人は過去から現在において何をやってきたかは問題ではありません。
今、この瞬間にどのようなエネルギーを発しているかが大事なことです。
このエネルギーがこれからの自分を作り、私たちが住んでいる地球にも、宇宙にも大きな影響を与えます。
もうすぐエネルギー(オーラ)がビジュアルで見える時代がやって来ます。
これが本当の本物の時代ということなんですね。

目的2

息子が東京の大学のオープンキャンパスに行きたいと言ってきました。

将来なにをするのか決めたのか?

はっきり決まってないけどとりあえず大学に行く
なぜ東京の大学なのかというとレベルが一番高いのでそこを目指していれば他は受かるだろうから・・・


大学へ行くだけが目的になってしまったら勉強に集中できないよ、もっと目的を明確にしないと、将来○をしたい、だから大学で○に関する勉強をするために△大学へ行くでないと・・・


だいじょうぶ、今モチベーション上がっているから

こんな会話をしました。最近私は目的を明確にする大切さを痛感しています。明確にしないと絶対に成就しない、明確にしないと今していることがむなしく意味のないことに思えてくる。うまくいかなかったときに他のせいにして逃げたくなる、自信がなくなる。

そして漠然としたものは自分の意思で明確にしていかないと誰も手伝ってくれません。

今すぐに将来の目標なんて決めれないよ、そんなの無理!
確かに難しいでしょう、宇先生もそれを決めさせるのは酷です。とおっしゃいました。
ただ、これから勉強で行き詰ったときに明確にすることの大切さが判ればそれでいいのかなと思っています。

向上心

食欲、金銭欲、物欲、性欲、独占欲・・・人間の欲はとどまることを知りません。
これらの欲は満たされないと欲求不満としてストレスになります。
私のメンターは人間の唯一持っていい欲は「向上心です」と教えてくださいました。
自分が外に対し何かを求めているときは心の中がモヤモヤしてすっきりしていません。
求めているもの(執着心)を手放していくと気持ちが楽に爽やかになっていきます。
自分がしんどくなったときに外に何かを期待していなかったか?
今日もそうだったと反省しました。

2006年11月11日 (土)

悩むことと迷うこと

私の師匠である宇先生は悩むことはいいが迷うのはいけないとおっしゃいました。
私たちは悩むことはつらいこと、マイナスとして受け取っていますがある人がこんなことを本に書いていました。


どんな人にも悩みがあることを忘れないでください。病気の痛みに苦しむ人がいます。ある人は傷つけられ無視されて苦しんでいます。ある人は自分の能力の限界を超えられず苦しんでいます。みんなそれぞれ何らかの苦しみを抱えながら、最後には克服してゆくことが出来ます。苦しみや悩みがなければ、克服という体験も持ちえないのですから。悩みのない人は今生(こんじょう)に生まれて来はしない。この肉体を持って生まれてきたからこそ、病気になって痛みを感じることができる。この肉体で経験する意味に気づきましょう。

すごいプラス思考ですね。
というよりもしかして元々プラスなのを人間が勝手にマイナスに受け取っていただけなのかも知れません。
宇宙からは調和されたプラスのエネルギーしか降り注いで来ません。
それをおバカな頭でどうのこうの考えて歪めて解釈していました。


悩むのは目標を持って出口に向かって進むことが出来るが
迷ってしまってはそれが出来ない。
この世(あの世にも)にはマイナスなものなど何もない。
悩んでいる人がいたら早く克服できますようにと祈ってあげましょう。

2006年11月10日 (金)

こころの玉手箱

私が人に感動するときはその人の純粋さに触れたときです。
ピュアな人は感動という音楽を奏でることができます。またまた日経からの抜粋です。


「あなたが他の人々の幸福のために働けば、あなた自身に永遠の幸せが保障されるだろう」チベット仏教の最高指導者でノーベル平和賞受賞者のダライラマ14世にお会いした1998年春、短冊に書いていただいた言葉だ。額に入れて、ベットの上に飾っている。
この言葉は政治や宗教を超え、僕の心に深く染み入った。自分のためではなく、人々の幸福のために働く。プロの演奏家としては常にそうありたいものだ。中略・・・チベットへの旅で、僕の人生観は変わった。アフリカの自然もダイナミックだが、チベットの自然は極めて過酷だ。山越え、谷越えを繰り返しても、荒涼とした山が立ちはだかる。昼は暑いくらいなのに、夜は零下30度。土砂降りに遭い、空気は薄くなり、生死の境を意識する。そんな過酷な環境に身を置くと、自分は生かされているといったことをしみじみと感じる。自然と涙がこぼれてきてしまうのだ。登山家の体験談などを読むと、神を感じたといった話が異口同音に書かれているが、分かる気がする。ステージで聴衆に接する気持ちも変わった。僕のために貴重な時間を割いて来てくださっている。そう思っただけでまた涙が出てくる。お客さんの一人ひとりの心にタッチしたい。温かい手拍子が生む一体感の中で、僕は生かされている喜びをかみしめる。「永遠の幸せ」とはこの瞬間のことかもしれない。
                      サックス奏者 渡辺貞夫

2006年11月 9日 (木)

反抗期

高校2年になる息子は一番難しい時期(中学2年から3年)は終えましたが、子どもと大人の中間で、自分探しに暗中模索してふらふらしている状態です。
自分の考えが正しいのかわからないのに人の意見には素直に耳を傾けられない。
こんな時は親の考えを押し付けるのではなく相手を尊重しながら慎重に対応することが大切です。
以前、傲慢にも、こどもにいうことをきかそうとしてうまくいかず悩んでいた時に、宇(うー)先生からアドバイスをいただきました。
どうしていいか判らなくなった時に読み返しています。

1.口で説教してもだめ(意識がそこまでいってないと)
2.相手の話を聴く
3.判らすのではなく、判るまで待つ
4.叱る(怒る)のは奥さんにまかす
5.褒めることを無理にでも探す、なければ黙る
6.あなたは自分のことをしっかりする
7.相手を変えようとするのではなく、自分が変わる
8.聞いてくるまでしゃべらない
9.言えばいうほど反発する

2006年11月 8日 (水)

ブログは自己確認の場

今日の日経新聞夕刊にブログについての記事がありました。面白かったので抜粋します。
書くことは自分を記録すること。記録しないと、漠然とした記憶やイメージだけですごしてしまう。文字で自分を対象化すると、新しい何かが見えてくる。現代人は情報を取り入れるだけで考えることをしなくなったといわれる。だが、ブログという手間をかけて書く行為が深く考える習慣につながれば素敵だなと思う。
                   劇作家、演出家 永井愛さん

私は月一回のペースで気功のセミナーに参加しているのですが色んな人のスピーチを聴くことが大変勉強になります。
話すことは放つを意味し、話していくうちにだんだんと心のなかのしこりが放たれていきます。

ですから話しの長い人は思いを貯めこんでいるようです。
書くことも自分を対象化(客観視)しその時点で話す(放す)ことと同じ効果があります。
昔から日本には日記や伝記など記録を残す習慣がありました。
放つとなぜいいのか?それは気持ちがすっきり、さわやかになるからです。
今、ブログが現代人に受け入れられているのも自然の流れなのかもしれませんね。

機械になりたい

私が惹かれるものの一つに機械があります。
機械(マシーン)というと何か冷たい情のない物のような印象がありますが、人間も機械も波動で出来ていて生きています。
そして人間に大切なことを教えてくれます。
自動車の工場で使われているロボットの機械はバブルの全盛期フル回転していました。
効率よく稼動させるためにABCDEFG・・・といくつもの作業をさせてから元の定位置に戻るそんな機械が人気でした。
ところがいくつもの作業をしてからもどるので少しずつずれが生じて故障が多くなる。
原因を調べてもわずかなずれなのでわかりにくい、そして何回も故障を繰り返したのちに壊れてしまったそうです。
そのなかで生き残ったのは昔の機械でした。
動作は遅くてもAをしたら定位置、Bをしたら定位置を繰り返すのでずれが生じない。
当然故障も少ないので周りも安心します。
規則正しく動いている機械はやすらぎを与えてくれます。
私は調和波動気功法を勉強していますが、ある人から「波動調整(自分を整える)とは、常に自分の本心のなかに戻ることです」と教えていただきました。
そしてその時にこの話しをして下さいました。
機械は誰に評価されることもなく淡々と与えられた自分の役割を果たしていきます。
これから仕事を始めるという時に自分に宣言します。

よし、これから機械になるぞ!!

2006年11月 7日 (火)

私たちの本質は『霊体』である



またまた、宇宙が味方する経営からの抜粋です。

この本は正しい経営のあり方も教えてくれるのですが同時に人間とは何かについてもすごいヒントを示してくれています。

私たちは自分をこの肉体だけだと思っています。

心も肉体の一部であって肉体の死はイコール心の死であると 本当にそうでしょうか?


本文


私たちの祖先は、けっして物質偏重の価値観を持っていたわけではありません。

むしろ、大昔の人々は、霊的な感受性に優れていました。

古代の人は自然現象やことばといった目に見えないものに霊的な存在を見出していましたし、世の中のすべてのものに魂が宿っていると認識していました。

それと霊的交流をして感動を覚えていたのです。

しかし、今の時代はこの感動を失い、ものがすべてであると考え、お金や地位といった物質社会における価値観にとらわれるようになってしまいました。

とはいえ、少し発想を変えるだけで、たとえ物質世界に生きていても、物質を超えた価値観を持って生きることができるのです。

それにはどうすればいいかというと、次のように悟ることです。


「私たちの本質は『肉体』ではない。

私たちの本質は『霊体』である」つまり私たち自身においてもっとも重要なのは、形ある「肉体」ではなく、形のない魂や精神である「霊体」であるということです。

すなわち私たちの実在は見えない「心」であるということです。・・・終



私たちの実在は見えない「心」であるといわれてもすぐにそうかとは思えません。

でもそう思ったほうが自然に自由に生きられます。♪

肉体は心を纏(まと)っている器であって服のようなものです。

服がボロボロになってもこころ(生命)は永遠に生き続けます。


    

2006年11月 6日 (月)

スターバックスコーヒー



宇宙が味方する経営を読んでずっと前に聞いたスターバックスコーヒー(以後SBと表示)の話を思い出しました。


SBはアメリカで生まれましたが、ある時期経営がうまくいかず倒産寸前でした。

そのような状態にもかかわらず経営者は残ったお金で従業員の給料を上げてあげたそうです。

そして社員だけでなくアルバイト、パートに雇用保険をつけたり
(アメリカでは異例のこと)最後の最後に出来るだけのことをしました。

すると店は急にはやりだしてたくさんのお客さんが来るようになりました。

なぜはやりだしたかというと働いている人たちが大事にしてくれたことにうれしくなって生き生きと明るく働き始めたからです。

お客さんはその明るさ(良い波動)に引き寄せられて店に入って来たそうです。

お客さんを大事にする前にまず働いてくれる人に感謝して大切にする。


私の大好きなお話しです。


  

世界平和と社会貢献

私はこのご著書で「社会貢献」と「世界平和」を行動におこすことがどれだけ大切か、身につまされました。
 この二つの理念が私の理念でもあり勤務先の会社の理念でもあることにとてもよろこびを感じております。
 もう上昇気流に乗るしかありません!!!(^^)v

パソコン教室のミキコ先生から宇宙が味方する経営についてのコメントをいただきました。
人の潜在意識の中には自分が世の中の役に立ちたい、日本も世界も平和になってほしいと願っている自分がいます。
そのことに先に気づいた人がその人のやり方で実践して平和の尊さを伝えていく。
会社とご自分の理念が同じって素晴らしいですね。
パソコン教室に通っていてその理念がひしひしと伝わってきます。
私は社会貢献に関して意識が足らなかったように思います。
目的は社会貢献を考えれば見つけることができます。
仕事を通しても個人的にも出来ることはたくさんあります。
大切なのは思っているだけではなくて行動することですね。

May  Peace Prevail On Earth

前世

最近私のブログのなかに前世が頻繁に出てきますが、読んでおられる人で嫌悪感をもっている人は多いと思います。
前世がどうしたそんなことはどうでもいい、そんなことにこだわりたくない、そうですその通りなんです。
過去世を聞いてマイナスに受け取り(プラスでも)いつまでも引きずっているのはとらわれです。
妻は「確かにあると思う、だけど知りたいと思わない」といいます。
それがほとんどの人の意見だとおもいます。

私は人は本当のこと(真理)を知って、自分の本当の姿(本心)を顕して行くことが生まれてきた意味だと理解しています。
真理を知ろうと追求すれば自然と前世が出てくる。
そして過去の結果が現在、現在の結果が未来につながっていくことが分かります。
中途半端にそこから避けていても、自分にとって学ばなければならないことは必ず学ぶようになってます。
分かってしまえばこだわる必要はなくなります。
大事なことは、どんなことにもとらわれないことです。

2006年11月 5日 (日)

うらない

うらないとは裏(うら)がないから占いといいます。
これは冗談のようですが本当だそうです。
うらがないから当たるかと言うと、当たるも八卦当たらぬも八卦というようにハッキリしないようです。
なぜ未来のことが分かるか?というと前世での想念が生年月日や手相に顕れるそうです。
だから現在の予想がついて将来もその延長として予想できる。
ただ当たるのは本人の思考が変わっていない場合であって、一大決心したり強い意志が働いた場合はいくらでも変わるそうです。

占いに頼らなくても自分で自分の過去や未来を知ることができます。宇宙には人の想念行為(おもい、行い)の情報を記録している場所?(アカシックレコード)があるそうです。
そこには人類の過去や未来の莫大な記録が・・・
人は過去や未来を知ることが出来ないのではなく、もともと誰にでも、人に備わった性質(能力)の一つだそうです。
人は他人に自分の人生を左右されることなく一人でしっかり生きていけるようになっている。
人の潜在能力ってすごいですよね。
パソコンのように検索すれば、知りたい答えが出てくる。
余談ですが、最近PCと人間がよく似ているなあとつくづく感じています。

思い出してくださいあなた自身の“生きる” 力
アカシックレコードには、すべての出来事が書かれています。
今までに起こった出来事のすべてと、これから起こる可能性の高い出来事のすべて。
これらの記録(レコード)はあなたからのアクセスを待っているのです。  如月 マヤ


アカシックレコード・リーディング 如月(きさらぎ)マヤ ハート出版

三原色

宇宙が味方する経営の本のなかで「なるほど」と納得する文章があったので抜粋させていただきます。

昔の子どもというのは、真っ赤な太陽、真っ青な空と海緑したたる木々に囲まれて成長してきました。くっきりとした三原色にあふれた自然環境の中で、子どもたちは知らず知らずのうちに情操教育を受け、人間の情愛を育んできたのです。たとえば、赤は心や情愛を刺激して、子どもたちを温かい心の人間にすることを支援します。空の青は子どもの思考力を伸ばすとともに、宇宙の果てを想像させて、好奇心を刺激します。そして緑は調和や平和をイメージさせ、心の平静をもたらしてくれるのです・・・


最近、急に寒くなってこれから紅葉がきれいな季節になりますね。
電車に乗ってのんびりと、どこかの自然のなかに入っていきたいと感じる今日、この頃です。

宇宙が味方する経営

これから自分は独立したい、会社を立て直したい、大きな目的を持って進んでいきたい、生きがいのある生活を送っていきたいなどのうちどれかは、すべての人が持っている望みだと思います。
けれども自分の努力が正しいのか?願望が叶うだけでなく心を満たすにはどうすればいいのか?わかりません。

物事は物質(目に見える)的なものと精神(目に見えない)的なものの両方が整わないと真の達成感(幸福感)は得られません。
私たちは目に見えるものばかりに心が奪われてその後ろにある偉大な力を忘れてしまっています。

偉大なものとは宇宙の原理、法則のことです。
宇宙の目的は人類の幸せです。人間が目覚めて幸せになることが目的です。

私たちが子供に幸せになってほしいと願うのと同じことです。
だとすれば企業は人を幸せにする企業になれば、個人も人が喜んでくれることをすれば宇宙が喜んで力を与えてくれます。
与えて戴いて状況が好転することを奇跡といいます。


バブル期に破綻寸前になった関西銀行(現関西アーバン銀行)を宇宙の法則を実践して優良銀行に再生させた人が本を出版されました。画期的な本です。
これからは宇宙の法則を無視した経営は成り立たないと思います。

「本書によって人生や仕事に悩んでいる多くの方々を少しでも勇気づけることができれば、これほど幸いなことはありません。」                             ご本人まえがき

宇宙が味方する経営 関西アーバン銀行頭取 伊藤忠彦  講談社インターナショナル

2006年11月 3日 (金)

てんぷらきつねうどん

今日パソコン教室からの帰りに駅のホームにある立ち食いうどんの店で、てんぷらうどんをチケットを買って注文しました。
ところが出てきたのは揚げののったきつねうどんで「あのーてんぷらなんですけど・・・」と言ったらおばさんが「すいません、私何を見てたんやろ」とため息をついていました。
私はこのままだったらきつねうどんが捨てられてしまうと思ったので「それでいいです。それにてんぷら乗せてください」。と言って、80円払っててんぷらきつねうどんを食べることになりました。おばさんはうれしそうに「ありがとう」と言ってくれました。
きつねうどんとおばさんによいことをしたなあーとちょっとうれしくなりました。
なんて子供の作文みたいですが時々子供のようになりたい時ってありますよね。
あ、もちろんてんぷらきつねうどん美味しかったです。 おしまい

謙虚さとは?

謙虚さと消極的なことは似ているようで全然違います。
昔からよく使われている言葉で
 実るほど頭(こうべ)をたれる稲穂かな がありますが、最初は何も分からないで懸命に努力していても認められて地位が上がったり人に褒められると自分が偉くなったと勘違します。
すると自分に対する人の態度が気になって過剰に反応する。
色んな経験を積むと分かってくることも多くなり分からない人を見下したりする。
その頃になると間違っていても注意してくれる人がいなくなってこれでいいのかと不安になりながらも突き進んでしまう。
そして気がついたときには周りから疎んじられる人になってしまっています。
私は謙虚な人とは周りの状況が良くても悪くてもいつも平常心でいてすべてのことに感謝できる人のことだと思います。
いつも同じ自分を保とうと思ったら、どんなに忙しくても一日一回は自分と向き合って、これでよかったのか?と振り返り反省することが大切です。
このことを忘れると本当の(謙虚な)自分と違う人になっていきます。
忙しいは心を亡くすという意味だそうです。

2006年11月 2日 (木)

緊張と緩和

20数年前、新聞配達のアルバイトをしていた私は落語家の桂枝雀(しじゃく)さん宅に朝刊を届けていました。
枝雀さんは時々ほうきを持って庭の掃除をされていました。
私が緊張しながら「朝刊でーす」と言うと「お早うさーん、ごくろうさーん」と答えてくれました。
笑顔のやさしい素敵な人でした。
枝雀さんは落語に緊張と緩和を取り入れていてすさまじい集中力で落語を演じ、その中の緩和でお客さんにリラックスを与えていました。
まさしく肉体のエネルギーを切り売りしていた命懸けの仕事でした。
だから人に笑いという感動を伝えられたのでしょう。
惜しいことに自ら生命を絶たれましたが、真剣に生きた姿は人々の心に残っています。

ほんとうの癒しや優しさは緩和(リラックス)だけからは生まれず真剣な緊張感の中から出てきます。
いつも仕事をガンバッテいる人はリラックスの意味やありがたさが感じることの出来る人です。
緊張し過ぎず、適度の緊張でリラックスを味わう余裕がほしいですね。

2006年11月 1日 (水)

商売のコツは?・・・

私の気功の先生に教えていただいた商売のコツとは笑顔と奉仕の精神です。
たったこの2つです。
ただこの2つは非常に奥が深く、すぐに実践できるものではありません。
それはたぶん感情が邪魔をするのだと思います。
感情と銭勘定のかんじょうはイコールで人と接していると常に損得勘定が働きます。
感情に振り回されないで平常心でいられたらどんなに幸せか
私の目標の一つは感情を超えて不動心になることです。
そして不動心になろうなろうとしていました。
でも昨日のBUNちゃん先生のどうすればお客さんが喜んでくれるのか満足してくれるのかを常に考えるの言葉でおのずと答えが出たように思います。
無理に笑顔をつくろうとか奉仕しようとかする必要はなかったのですね。

上を向いて歩こう

宇宙からはプラスのエネルギーが降ってきます。
宇宙は常に進化を続けているので前進するためにはエネルギーが整っていなければなりません。
地球の波動圏を越えるとそこは地球と全く違う世界があって、無限の愛、無限の調和、無限の平和のエネルギーにあふれています。
私たちが感動した時によく使う言葉、素晴らしいは素(もと)=宇宙は晴れているという意味だそうです。
あと素直は素(もと)にまっすぐ宇宙とつながっている人のことです。

だからいつも感動して素直な人は宇宙の法則、意図してことが直感で判って自然体で行動できるのです。
下を向いているとプラスの波動が受け取れません。
目線をあまり下げずに平行よりやや上に、時間のある時は空を見ましょう。
そして宇宙の言霊(ことだま)
無限なる愛、無限なる調和、無限なる平和と唱えると素晴らしいエネルギーがあなたの身体に入ってきますよ。

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